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2005.01.31

神谷千尋ちゃんの新コーナー@RIK

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2月から、RIKで神谷千尋さんの新コーナーを連載予定〜♪
それは、ある勘違いからはじまったという企画。
千尋ちゃんと覆面女史たちによる、ゆんたくひんたく。

050131b『ちィちゃんの三時茶』は、
2月中旬掲載予定!
題字も、千尋ちゃん本人による直筆です。

今回のテーマは?
“最近のウチナーグチって
 どうよ???”
 って(?)、いいえ、
“◎×▲%◎×*$▲”かな?
 さぁ、どんな内容になるか。

千尋ちゃんのキャラクターが
思いっ切り展開してゆきますので、
乞うご期待!

2005.01.30

名護さくらまつり名物『二見情話大会』。今年のチャンピオンは!

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日本一早く、桜が開花するのが、ここ、沖縄。
とはいっても、ソメイヨシノではなく、ヒカンザクラという種類で、寒さの中で花開き、暖かい南部のほうへと拡がってゆくという、北から南下する桜です。
今年も、観賞に行って来ました。名護の八重岳〜今帰仁城跡〜名護城跡へ。
そして、名護さくらまつりの催しの中では、名護の名曲『二見情話(ふたみじょうわ)』をペアで唄う、二見情話大会が行われました。
※参考:歌碑巡り『二見情話』
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/from/kahi/03/07.html

今年はかんからシンカのメンバーも参加するというので応援に。そう、身近な人たちがステージに上がったりするので、地元の人たちが大いに盛り上がる名物コーナーなんです。
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今年で第21回目。大会の回を重ねる毎に、衣装やメイクなど演出が年々凝ってきているそうです。この第21回大会では、石垣島出身の挑戦者がアンガマの格好で出演したり、沖縄芝居風の挑戦者もいれば、大応援団を引き連れて挑戦する人たちもいるというそんな中で、唯一地味に、奥さんと2人で仲睦まじく歌い上げたのは、我らかんからシンカのあーかじゅさんご夫妻だけでした。ストレートな歌唱力勝負と夫婦のチカラと人柄で見事優勝を受賞されたのです。

「今年初めて参加してみたんですが、この大会に夫婦で参加できるというだけでも楽しかったですね〜!
少しでも入賞できるのならラッキーかなと思っていたくらいで、まさか優勝できるなんて。夫婦で驚いています!!
最終目標は、いずれは娘と共演してみたいなぁと思っていたので、ここで優勝してしまうと次回の挑戦権がなくなってしまうらしく、その夢についてはちょっと残念ですけど……、今回のありがたい経験を糧に、これからも唄三線を頑張ります!」とは今年のチャンピオンとなった、あーかじゅさんご夫妻。どうもおめでとうございました!
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※昨年の名護さくらまつりの様子はコチラ、
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/from/sakuramaturi/index.html

2005.01.28

大島保克Liveレポ速報

今日は、大島保克2daysLiveの初日。ライブハウスのムジカ(那覇)へ。
久しぶりに撮影も無しで、完全に聴きに入る。
カメラだけでない。いつものカバンと違うものだから、なんと、名刺から財布まで忘れてしまっているではないか!
駐車場のおじさんには“また、こんどでいいよ”だなんて。
あぁ、完全に丸腰だ。

islandtime唄は、いきなり子守唄からはじまった。『あがろうざ』。
2曲目は、歌詞がなんと35番まであるという『大田節(うふだぶし)』。さすがに3番くらいで終わらせることに。
そして、西表島で廃村となってしまい、今では唄しか残っていないという『下原節(そんばれー)』。
たしか今年の弾き初めの稽古日に弾いた曲だったか、歌詞の中には古い言葉が残っているという。
songofmyこのまま、マニアックにいくのかと思ったら、国会議員のあのかたの選挙の時のエピソード話を交えながら、与那国島の東崎を歌ったあの曲を唄う。
さらに歌は島を越えて、黒島の『山崎節』。
そのあとは竹富島の歌を3連発、『仲筋ぬヌベーマ』『まざかい』『しょんかに』。
第1部最後の曲は、なんと、宮古民謡で『トーガニアヤグ』。
agarinuこの前半だけで、ずいぶんとご馳走様な内容だったが、第2部からは、ゲストに内里美香ちゃん登場。
彼女が昨年後半にリリースしたアルバム『風のションカネー』の中で、大島保克さんのオリジナル曲『川』を歌っているという繋がり。
この『川』、2月7日からCM曲として流れるのだそうで要チェック!(沖縄森永乳業)
この曲のほかにも、第二部の半分は、美香ちゃんとの共演で、沖縄本島の歌までを網羅する大島保克さん。
なんと、レパートリーの広いことか!
もちろん、歌声も素晴らしく、アンコールの『とぅばらーま』など、しっかり聴かせて頂いた。
あぁ、やっぱりライブはいい! ライブが一番! そう確信したところで、春頃ニューアルバムをリリースとの情報が。
はい、アルバムも買わせて頂きます。

中部のみなさん>明日のコザモッズも要注目ですよ!

2005.01.26

知る人ぞ知る、あの“芸能の神様”に

「てんぶす那覇」前広場にて、「現代版組踊 大航海レキオス」の本番直前イベントが行われた。あいにく、イベントには間に合わなかったが、平田大一さんとは再会でき、しばらくお話することができた。

もちろん、レキオスの話もあったが、どうしてもお話したかったことが……。
“今、島が大変なようですね?”こう切り出して、30分近く意見を交わす。

内容はここにはまだ書けないので申し訳ないけれど、ある問題についてしばらく話し込んだ。
そこに、ひとりのお爺ちゃんが、こちらに向かってゆっくりと近づいてきた。大一さんも視線を合わせて、にこやかに微笑む。ひょっとして、あの伝説の人物?

“KUWAさん、こちらが、芸能の神様の〜”と大一さん。
そう、ご紹介頂いたそのご老人は、知る人ぞ知る“芸能の神様”といわれるその人だった!

050126・どこの会場でも顔パスで、
・しかし、本当に面白い公演にしか会場に現れない。
 というような話を、みなさんもどこかで聞いたことがあるかもしれない。自分もまだ噂でしか聞いたことがなかった。

神様を写真に撮ることは遠慮しよう。
きっとまた、どこかの会場にでも現れたときには、“あぁ、やっぱりこの公演は最高なんだな”と、再確認することができるのだろう。

2005.01.25

小浜島からの声

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小浜島で根をはって20年近く生活しながら音楽活動を続けている“つちだきくお”さんのロングインタビューを、同じく小浜島で何年も暮らしながらレポートを続けているRIK八重山の さにしゃよりお届け。

ふだんは飲み友達というふたり。
つちださんからは“え?! オマエがインタビュアーやるの?”なんて言われながら、あらためてインタビューを行うことに。
友人相手だからこそ、のめり込むように話をしてくださって、ロングインタビューの記録を更新するほど、読み応えもたっぷり。沖縄移住の大先輩からのメッセージには考えさせられることもあったりと。

この時期の八重山はあいにく天候も悪く、撮影した写真を那覇から確認しては再撮影を依頼したりと、つちださんもご多忙の中、計3回も重ねることに。

つちだきくおインタビューはコチラから→

2005.01.24

南海日日新聞『月刊奄美』デビュー!

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奄美大島の地元紙、南海日日新聞社の『月刊 奄美』(1月号/Vol.140)に、奄美の大御所唄者さんたちを撮影した写真が掲載されました!
那覇てんぶす館のこけら落とし公演にて、坪山豊さん、築地俊造さん、朝崎郁恵さんの3者が揃った珍しいステージです。執筆は、藝能新聞『ばん』の編集長でもある小浜司さん。そして僕が撮影を担当することになりました。

ところで、てんぶす館のディレクター・Kさんも奄美出身。インタビューでは“今後も琉球弧の文化を、埋もれつつある郷土芸能発掘の場として発信してゆきたい”とのこと。

さて、ここで朝崎郁恵さんの最新情報をいくつか。
2月の2日(水)、3日(木)と、奄美大島のライブハウスASIVIでコンサート予定。
そして、今年はNEWアルバムの予定もあるとの事。共演予定の候補者も次々と挙がっているようで、3月頃からレコーディングに入る見込み。大いに期待しましょう!

2005.01.21

久米島の歌碑巡り

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どこの島に行っても、その土地で伝承されている琉歌があるもので、場所によっては歌碑が建立されていたりと、そのゆかりの地を訪ねてみるのもまた面白いものです。
その土地の花々や自然を楽しんでみたり、時にはガイドブックに頼らず、そのような別の楽しみ方があってもいいのではないでしょうか?

久米島には、たとえばこのような琉歌が刻まれた歌碑がありました。

「久米ぬ五葉ぬ松 下枝ぬ 枕
   思童 無蔵や 我腕 枕」

久米島の「五葉の松」は、枝が四方に拡がって、
 ちょうど下枝を枕にしているような美しさ。
 私のいとしい人は、私の腕で腕枕

久米島の樹齢250余年の琉球松「五葉の松」と、男女の恋の物語を掛け合わせた歌、『久米ハンタ前節』(くめ はんため ぶし)です。
歌碑は、おばけ坂の手前にありました。

そうやって、島々の琉歌を巡りながらコンテンツにしたのが、RIKの『歌碑巡り』シリーズ
次号では、久米島はもちろん、伊江島、伊是名島など、周辺離島の琉歌をご紹介予定です。
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2005.01.20

久米紅(くめくれない)

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あまりガイドブックには載っていないかもしれませんが、この花、なんだと思いますか?
昔、中国から伝来したといわれる貴重な花『久米紅(くめくれない)』です。山側のほうに咲いていました。
そのほかにも、赤や白のつつじ、ヒカンザクラも咲いていました。また、ヒカンザクラのあとの時期には、白い花びらのクメノサクラが咲くそうです。

ガイドブックには載っていなくても、琉歌には詠まれていました。

白瀬川に 流れゆくるさくら
  すくてぃ思里に 貫ちゃいはきら

久米島の琉歌『白瀬走川節』です。
この歌では、サクラを詠っているようですが、“久米島特有の赤や白のツツジが花盛りの頃は、サクラと見間違う程といわれたから、サクラの花に例えたのではないだろうか”という説もあるとか。それがこの赤と白のツツジに、久米紅。
いっぽう、自生の山桜がいっぱいあったという伝承もあるようです。それがヒカンザクラやクメノサクラなのでしょう。

2005.01.18

久米島の畳石の謎

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久米島で行ってみたかったところのひとつがココ、奥武島の『畳石』。
別名、亀石ともよばれ、まるで亀の甲羅ような六角形の岩がつらなっています。
だからかどうかはわからないけれど、すぐ近くには、ウミガメ館という施設もあって、どうやらウミガメ産卵の島でもあるようですね。
畳石は、砂によってその面積が縮まっているという話もありますが、那覇からのRAC便の機内誌『コーラルウェイ』には、また興味深い説が掲載されていました。
この石の厚みが“数十メートルから100メートル以上はある”と考えられているのだとか!

そして、このカタチの謎。それについては、「火山の溶岩が長い時間をかけて冷え固まると、岩石中に見られる規則正しい亀裂“節理”が起こる」とのこと。
“ん?”
そこでまた別の疑問。畳石が溶岩なら、久米島は火山島なの?
かつて大昔に噴火した痕跡が、地質に出ているのだとか。
もちろん今は火山活動していないので、どうぞご安心を。

2005.01.16

楽天イーグルスのキャンプ地・久米島(1)

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飛行機で約30分。沖縄本島から近い離島・久米島。
ちまたで話題の東北楽天イーグルスのキャンプ地でもありますね。島内の歓迎ムードも盛り上がってきているようで、島のあちらこちらで歓迎幟(のぼり)を立てている真っ最中でした。
当初、久米島の役場で幟を募集した際は注文数もそれほどでもなかったらしいのですが、各商店や企業の名前が入った幟が島内の何カ所かで立ってくると“うちもやりたい!”とのオーダーが増えてきていているのだとか。

球場の整備のほうもほぼ9割ほど完成している様子で、グラウンドのほか、投球練習場のほうにも沖縄にはない黒土(鹿児島産)がキレイに敷かれていました。
甲子園の土もこの“鹿児島産”の土らしいですね。純粋に関西産の“甲子園の土”だと思っていました。なぜ、黒土なのかというと、野球の白球を見やすくする為なのだとか。(写真左)

次に投球練習場。一般的には5人用がですが、球団側からの要望とのことでピッチャー6人分のマウンドが準備され、やや大きめの施設ができていました。(写真右上)

また、人工芝が敷き詰められた室内練習場については県内では最大規模です。ランニングもできる茶色部分の床には、ゴム製のクッション入りの床となっていました!(写真右下)
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もちろん、それだけではありません。久米島は、昔、“球美島=沖縄(琉球)で一番美しい島”と呼ばれたほどで、沖縄戦でも戦火を免れ、その美しさは島の至るところに保たれていたのです。

2005.01.15

突然ですが、久米島に!

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クジ運、ギャンブル運、まったくゼロな私ですが……、
ある媒体で、久米島への取材体験読者モデルを募集していたので、ダメ元で応募してみたんですね。そしたら、ナント(!)、偶然にも当選しちゃいました!
自分でもビックリ(@.@)

テレビ番組(RBC)でも久米島への旅を2日連続でレポートしていたり、ほかの雑誌や新聞などでも久米島行きのツアー広告をよく見かける今日この頃。楽天イーグルスのキャンプを目前に、一斉にキャンペーンでもやっているのかな?

ということで、久米島への旅、突然ですが行くことになりました!
いつもは取材する側から、今回は、される側へ?!

余裕があったら、NAHAパシャするかも? のちほどメルマガにて。

2005.01.13

沖縄コスメ「美らパック」

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毎年、ある季節になると、「中国大陸からの黄砂が……」というニュースが流れてきていたりしますが、あれが何百年の歳月をかけて海底に堆積してゆき、それを沖縄では40年くらい前まで洗髪のシャンプー代わりとして使っていたらしいですね。それが『クチャ』。遠い大陸から飛ばされてくる間に、ナント、赤血球よりも細かい粒子になるらしく、他にはない程のキメの細かさと粘土質の吸着力がポイントのようです。
実際に市場に出掛けてインタビューし確認してみると、アメリカ世の時代からシャンプーが大量輸入されてくるまでは『クチャ』が普通に売られていたそうです。その『クチャ』に、南大東にしか自生していないというタイリン月桃から抽出したエキスを混合したものが、今回取材した『くちゃパック』(開発販売:沖縄さとうきび畑)。
そして、そのタイリン月桃のエキスにも注目。こちらは、水などほかの原料とは一切混ぜ合わせていない純度100%の蒸留水という『ラ・ムーン・ウォーター』。詳しくは、RIKレポートにて。
→沖縄コスメ「美らパック」
ということで、いつもとは違う分野をレポートしてみることに。今年は、新しい分野にも挑戦してゆきますヨ。

(赤嶺さん>お店にいかがでしょう? )

2005.01.12

古宇利島への最後の船旅

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今年の2月8日には屋我地からの橋が開通することになる「古宇利島」へ、最後の船旅をしてみたくなった。
徒歩でも1時間ほどで島一周を巡れるほどの静かな島の集落には、車の排気音は似合わない。サイクリングやウォーキングが絶対オススメ
今帰仁の友人のAさんからママチャリを借りて運天港(今帰仁)へと向かった。第八古宇利丸に自転車を積み、船で渡ること十数分。
アダムとイブの物語に似た人類発祥の伝説があるこの島の七森七嶽へは畏れ多く遠慮しながら、サイクリングの旅、その時のスナップ写真を20枚公開。→RIK『古宇利島へ。』
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2005.01.11

“南大東ラム酒”を追いかけて

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某社の企業内ベンチャー制度を活用し、南大東島の良質なサトウキビを原料にラム酒を製造する会社『グレイスラム』を立ち上げたキャリアウーマンの金城祐子さん(写真左)。彼女は2004年の『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』のベスト10にも選ばれたほど、今や各方面から注目を浴びている。

やはり、彼女の過密なスケジュールにはなかなか飛び込む隙間がない。そこに、南大東といえばこの方、Y沢さんが強力な仲介人となり、彼女の取材に同行させて頂くことに。インタビュアーはY沢さん、撮影は自分が担当し、それぞれが役割分担しフォローしあうカタチでの共同取材となった。

事業所には、重要な3人のキーパーソンのうちのひとり、ゼネラルマネージャーの高良祐江さん(写真右)がいらっしゃった。RIKの名刺を差し出すと、“RIKさんですか!”“RIKのNさんとは、以前、カルチャーアーカイブ事業で一緒のプロジェクトチームだったんですよ!”と話が弾んだ。

多才な彼女は、沖縄の祭事に関しても得意分野とし、そのプロジェクトに携わっておられたようで、“Nさんとは、今後、RIKでも沖縄の祭事を取材してゆこう!”というお話で盛り上がっていたのだとか。(今もその精神はコンテンツの中に生きていますよ)
その事業のあとは、グレイスラムで金城祐子社長の右腕役として抜擢され、今に至っている。

高良さんのほか、もうひとりの才女・伊藤さんも加わり、“豊穣の三女神=グレイス”が揃う。決して、仲良し3人組で作ったというようなベンチャーではなく、ビジネスに徹する為に組織された3人組だということ。これからがさらなる本領発揮となるのでしょう。
詳細は、RIKコンテンツにて後日掲載予定!

2005.01.10

夜光虫と海蛍を観察に夜の泡瀬干潟へ!

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夜の海を歩いたことがありますか?
うわさに聞いていた、夜光虫と海蛍の観察会があるというのを聞きつけ、夜の海へ繰り出すことに!
大潮の晩に、干潮(0:09)の2時間前には泡瀬干潟に集合。この日は、30名くらいを予定していたのが、実際集まってみると70名あまり。大きく2班に分かれての観察会となった。
堤防から目的の夜光虫と海蛍を見学できるポイントまでは徒歩で2キロメートル先。ガイドさんがいないと真っ暗闇で方向感覚がわからなくなるのと、貴重な海草類が茂ったポイントを踏みつぶしてしまう可能性がある。
しばらく真っ直ぐに東に進んだかと思えば、北東へ、東南へと軌道を変えながらと歩き続ける。もちろん、ただ歩くだけでない。参加した子供達は次から次に、干潟に生息している生き物たちを発見してゆく。中には、サザエの子供をまるごとしゃぶって味見する強者も。
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1キロほど歩いただろうか。砂地にかわり、目の前に拡がる砂紋。なんて美しいのだろう。
こんなに広くて豊かな干潟は、沖縄県内では泡瀬くらいしか残されていない。普段ここでは、アサリやアーサなどの潮干狩りに住民たちが訪れたり、シギや千鳥類などのほか、ジュゴンにとっても貴重なエサ場となっている。そんな豊かなこの海を、実際に歩いて確かめてみることができた。
自分がどの位置にいるのかさっぱりわからなくなった程にしばらく歩いた頃、“懐中電灯の照明を消してください”とガイドさん。
今、自分たちがいるこの足元が煌めきはじめた。そう、“海蛍だ!”。エメラルドグリーンの小さな光がキラキラと星のように照らす。
そして、海の中へ。こんどは、夜光虫たちがゆらめく。あぁ、なんて幻想的なこと。しばらく時が経つのを忘れた……。
こんな貴重な自然が残っている泡瀬干潟に、埋め立て計画が進行しているなんて……。
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※次回は、2月10日、3月12日、4月10日(全国・干潟の日)を予定。詳しくは、泡瀬干潟を守る連絡会事務局まで。

2005.01.07

てだこウォーク2005

2004年に体験取材した中で最も影響を受けたトピックは、『東御廻い 国際ジョイアスロン大会 in 知念村』でした。“実際に自分の足で歩いて廻る”ことの大切さを実感でき、また自分たちが住んでいる地域の自然や文化を見つめ直すきっかけとなりました。

050107自分たちの地域の歴史や文化、自然を楽しみながらウォーキングしようというイベントは、琉球王統発祥の地・浦添市でも、『てだこウォーク』というウォーキング大会が数年前から行われていました。

もちろん、2005年も行われます。今年は2月12日(土)と13日(日)の2日間、そのうちどちらか1日だけの参加でもOKです。その頃の日本列島各地は真冬ですが、沖縄の冬はまだまだ緑がいっぱい。浦添グスク、浦添大公園の当山の石畳、伊祖城址公園や浦添運動公園などを歩きながら、浦添の歴史や文化を感じたり、ふだんはつい車を使ってしまい、通り過ぎてしまって歩かないような道だったり、いつもは通らない川原のそばを歩いたり、そこに新しい発見があるかもしれませんね。

また、浦添の地域の人たちも、各家庭の家の前や沿道に花を植え、ちょうど大会の頃には花一杯になるように、みなさんを温かく迎えいれる準備をはじめています。

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2005.01.05

平田大一“沖縄の人たちの生き方そのものが文化だ”

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恒例のロングインタビュー・新春第一弾は、小浜島出身の詩人であり演出家の平田大一さんにご登場頂きました。

彼からの問いかけ、
“今、「沖縄ブーム」というひとつのカタチがあるのだけれど、逆に沖縄の人たち自身が作ったブームなのかどうかというのを確認してもらいたい”
 と公開間近の『大航海レキオス』は結びつく。

また、“裏メッセージがいっぱいあり、それを行間にこめた”
とは?

詳しくは、→りっくインタビュー記事にて

また、今回掲載しきれなかった、さらにディープなインタビューについては(ってもう十分にディープですが...)、藝能新聞『ばん』に掲載予定です!

 [速報]
 今日の夕方17:30〜
 RBCにて、『大航海レキオス』の特番がありますので、
 あわせてどうぞご覧になってみてください。

2005.01.04

三線専門フリーペーパー

最近、沖縄でも増え続けているフリーペーパー。コンベンションビューロー関連のものから、コザのマングラーズマガジン、タビンチュ、国際通りのNAHA NAVI、ゆいレール、旅行代理店関連のものから求人情報新聞までがフリー配布されている(少なくても求人情報2紙は無料)。最近では福岡などの地方都市で見られるような洗練されたデザインのフリーペーパー(沖縄スタイル関連)まで登場しているのには驚く。うわさでは大手フリーペーパー紙までが進出してくるのではないかとささやかれているオキナワのフリーペーパー事情だが、その中でもワクワクと期待感を膨らませてくれそうなフリーペーパーが誕生しようとしている。

050104b創刊準備号を、3月4日の“三線の日”に照準をあわせて発行しようとしているのは、ずばり“三線”専門のフリーペーパー。その誌名は、『3.4』(さんてんよん)。編集・制作は東京ですが、もちろん沖縄から発信する情報も掲載予定だとか。

また、三線のほか“カンカラ三線”のコーナーも用意されるとのことで、わたくしKUWAが担当することになりました。
コーナー名は『かんからシンカ』を予定しています!!

首都圏を中心に全国各地の沖縄物産店・三線屋さん・沖縄料理店など全国各地に配布される見込みです。

2005.01.01

初仕事!

050101a謹賀新年。
昨年も取材先でいろいろな方と巡り会いました。これからもまた、リアルなオキナワをお送りいたします。
RIKは元旦から、リレー式で12人のコラムニスト&スタッフより
新春メッセージをお届けしました。

さっそく新春の初仕事は、唄者・大工哲弘さんのHPリニューアルです。公式サイト『大工哲弘 でんさー通心』と『大工哲弘.NET』のふたつを、すべてhttp://daiku-tetsuhiro.netにまとめることになりました。作業は、この冬休み期間くらいしかないので、大晦日からお正月にかけてからの仕事となります。プログラマーのYASUDA屋も休みなので、ひとり奮闘中です。

ファンにとっての目玉としては、ディスコグラフィーのコーナーで、CDの紹介のほか、それ以前のEP盤、LP盤、そのほか若い頃に参加されたオムニバス盤などまで含めたアルバム紹介コーナーとなる予定ですので、お宝レコードもお披露目予定となります。これからゆっくりとご紹介してゆきますので、どうぞお楽しみに。

それからもうひとつの目玉は、大工哲弘氏ご本人によるコラムのページが登場することになります。もちろん、BLOG形式にて!唄者さんBLOGとしてはひょっとして“初”かもしれませんね。
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BLOG開設にあたってはフリーのBLOGエンジンもいろいろと探してみたのですが、パワフルなNIFTYのココログプロ(有料版)にて展開してゆくことになりました。
大工哲弘島唄コラム『見なり 聞きなり』もどうぞよろしくお願いいたしますね。

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写真詩集を出版しました。

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