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2005.04.30

インターネットURUMA X-DAY

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RIKとも友好関係のFM那覇さんが、運営制作を担当することになったというあのサイトが、今夜、生まれ変わる予定。
なので、URUMAX-DAY

くわしくは、公式開発ブログにその経緯が書かれていて、
今までを“温泉旅館のような増築”と、その例えがうまくとらえているとおり、いくつもの過去記事が、様々なフォーマットに幽囚され、死んでいる記事も多い。
そこをきれいに整理し、ちゃんと使えるサイトに生まれ変わるということ。
さらには、サイト名もおそらく進化していることでしょう。これから、要注目です。

また、今までのFM那覇の人気コーナー“なはパシャ”の機能が、そのまま、そちらの新しい媒体に移植されるということで、那覇パシャ人の僕の投稿は、新媒体にアップされることになります。
このブログも、新媒体のほうからもご覧頂けることになるようです。

これからも、RIKを中心に、
様々なスタイルで、沖縄からの微熱な話題を発信してゆきます。

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※微熱な話題とは=蔓延する高熱な沖縄病から少し俯瞰した、
         そんな“微熱な沖縄情報”がキーワード。

2005.04.29

てるりんさん追悼企画

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てるりんさんこと、照屋林助さんの四十九日が過ぎ、
まるみかなー店長による秘蔵映像上映会が行われた。

店長の小浜司さんがプロデュースした舞台『島々の島うた』は、平成3年の頃までさかのぼる。
司会が照屋林助さん、出演者は、奄美から沖縄本島・宮古・八重山まで(以下敬称略)。
山里勇吉、大城美佐子、山里ユキ、坪山豊、まだ13歳の貴島康男に日本一になった頃の中野律紀(RIKKI)、他。
今でこそ、琉球弧の唄者の共演は珍しくないが、その当時としては、ありそうでなかったことなのだとか。
出演者が若いだけではない。“何が変わってきたのか”、友人たちとの会話で、“以前はこうやって、大舞台でも唄三線一本だけで聴かせてきたのよね”とはYさん。
ギターやキーボードはもちろんのこと、太鼓さえもほとんど無い。
今の琉フェスでは考えられない、極上の唄と三線だけの大舞台。
わずか十数年前のことだった。

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2005.04.27

朝崎郁恵新譜@新創刊カラカラ

朝崎郁恵
朝崎郁恵
雑誌『カラカラ』が、“泡盛”から“スロウ”(slow life, etc)へとキーワードを変え、新創刊されることになった。
編集長からは、朝崎郁恵さんの新譜『おぼくり』(5/18発売)について、コメントを寄せてほしいとの依頼。
朝崎先生のお話を書くだなんて…、ちょっと荷が重い。
“思い出話などが入ってもいい。アルバムへの率直なコメントで結構”。そんな言葉に、少し気が楽になる。

先日は、大工哲弘先生から、5月26日に奄美で朝崎郁恵さんと共演することになったので、過去の作品をひととおり聴いてみたいとのリクエストがあった。さっそく資料を整理してみることに。

作品群を大きく分けると、奄美三線で歌うオーソドックスなスタイルと、近年のピアノなどの洋楽器で歌うスタイルとがある。
そのどれもに共通している大切なところは、昔ながらの歌い方を貫いていること。幼少の頃から島唄を歌っていたが、結婚を機に20代で内地に出てから半世紀近くになる。歌についてもその当時の歌い方が残されていた。
いくらいろんなアレンジでピアノ伴奏が入ろうとも、歌い方については古謡のスタイルを一切崩さない。
それがよりくっきりと表れるのが、このNEWアルバムの中で三線一本で歌っている島唄『むちゃ加那』と『芦花部一番』だ。

(来月発売の雑誌『カラカラ』へと続く)

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2005.04.25

沖縄は楽園じゃないよ

ジョニー宜野湾
“沖縄は楽園じゃないよ”
RIKのライターさんが書いた、ある日の日記タイトルだった。

その日のニュースで、「“石垣島を楽園”と思いこんで、何も考えずに引っ越してくる若者が多い」と報道されていたのだそう。
それは、つい最近のニュースの事。

石垣島には、沖縄島には普通にあるあの巨大な施設が無い。
観光雑誌には決して載らない、どかーんとモノ凄い存在感のあるもの。58号線を走るだけでわかるアレが無い。

石垣にはそれがなく、タブーとされている汚いものが見えにくくて、現実にはあまり映らないのだろうか。美しい海と空を、余裕さえあればいつまでも眺め続けることができる。
いつでもやり直し効くと思っている若者には、旅の延長線として滞在しやすく思えてしまうのかもしれない。
小嶋さちほ
RIKでは、僕が担当する限りは、たやすく“沖縄移住記”だなんて載せたくはない。また、それを煽りたくない。

あくまでも“道しるべ”であって、旅の行方を決めるのは旅人。
これからも、ニュートラルな沖縄情報を発信し続けてゆきたい。
寿[kotobuki] (ナビィ)
辺野古の『満月まつり』会場にて。

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2005.04.21

セスナで遊覧気分、沖縄周辺離島への旅

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わずか300メートル上空から俯瞰した沖縄の景色を、セスナ機に乗って周遊気分で眺めてみたいと思いませんか?

大型ジャンボジェット機よりも低い高度で、高すぎず・低すぎず、ほど良い高さから沖縄を一望することができる、そんな空の旅をご紹介。
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西海岸や東海岸の美しい海岸線の上空を、ちょうど俯瞰するように飛行するので、ちょっとした遊覧飛行の気分を味わえるんです。

公式サイトにも無い、
ガイドブックにも無い、
“もうひとつの旅”をご提案。
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>> RIKに掲載されました。

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2005.04.20

お待たせ!三線Tシャツ到着☆

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お待たせしました!
オリジナル三線Tシャツが、ようやく届きました!
Tシャツプリント屋さんから、どーんと段ボール箱で届きました。

直接、Tシャツプリント屋さんに申し込まれた方は、
そろそろ到着する頃と思います。
proofさんからも“届いたよ!”っていうメールがきました。
(写真下)

また、少しでも送料を安くするため、当方のほうでまとめて予約注文されたみなさんには、
これから、順次お送りさせて頂きますネ!
どうぞ、お楽しみに!

思った以上に、三線のラインも結構シャープに仕上がっています。
Tシャツ素材も、日頃お気に入りのメーカーでした。
自分自身も、着たくなるような、欲しくなるような、
そんなのを、またこれからも、ぼちぼちと提案し続けてゆけたらなって思っています。

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proofさん撮影

2005.04.19

島唄ランチ♪

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真っ昼間から、生の沖縄民謡を聴けるお店を2軒ご紹介。
そのどちらもランチタイムのサービスとして、島唄を提供しているが、決して“ショー化”していないこと。

ゆいレール奥武山公園駅から徒歩1分の『能登の海』(写真上)は、お店の店員が自分たちで演奏し、あくまでも“おもてなし”としてサービスをしている。

また、赤嶺駅から徒歩5分の『守礼そば』でもそれは同じ。“ライブが主人公ではないので、あえて舞台は作りませんでした”と店主が語る。
あくまでもさりげなくとは言うが、歌い手にはプロの民謡歌手が当番することもある。
この日は、ルーシー長嶺さん(写真中央)による生演奏がサービスだなんて、なんて贅沢なお昼なんだろう。
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あえてMCトークは一切無く、ご飯を食べているすぐそばから淡々と生の歌声が聞こえてくる。

このお店にリピーターが多いのは、民謡が聴けるというだけでなく、沖縄そば通にも納得の味自慢のお店であること。
その豊富な品揃えにもかかわらず、1年に2度はメニューを書き換えるという。
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取材から数日後に、またこのお店に訪れてみることに。民謡が聴けるランチタイムはとっくに過ぎていたが、また味わってみたくなった。やはりこのイカスミそばも絶品だった。

→RIKに掲載されました。
(RIKでは、これからも自信を持ってオススメできる特選情報のみをお届けします)

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2005.04.18

GWは、やってこない

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ようやく、旅行関連単行本の色校300ページ分があがり、校了も見えてきた。
間髪入れず、今度はまた別の編集部から、一冊はリデザイン。
もう一冊は、まったくの新規で324ページの制作依頼。
東京担当の南のところには、某サイトのリニューアル案件。
このタイミングだと、GWはまた無くなりそう。
ゆりっぺさんやK子さんやYokoさんからRIKへの取材依頼などもちらほらと。
GW突入前に、執筆の仕事も終わらせなきゃ。
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2005.04.17

スロウなカフェ@手押し屋台

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今日の三時茶は、那覇国際通りからすぐの屋台カフェ『ひばり屋』。
最近ではワゴン車式の屋台カフェも珍しくなくなってきたが、
ここのカフェは、手押し車! カフェ用にわざわざ作ったものだとか。

屋台だけれど、名刺には一応住所が記載されていた。
“牧志1丁目… ちんだみ工芸前”!

不思議と旅行客を吸引する雰囲気がある三線屋・ちんだみ工芸と、
その三線屋の前のカフェ『ひばり屋』の和やかな雰囲気が、
旅人たちの足をとめさせる。
足だけでなく、気持ちもゆるませるのかもしれない。
“ゆくる”っていう島言葉が似合う。

ひばり屋の客席は、“緑が丘公園”をおすすめ席としていて、
公園で寝っ転がれるようにと、ゴザを無料で貸し出してくれる。
国際通りのすぐ近所で、ぽっかりとゆっくりした時間が流れていた。

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2005.04.15

地球交響曲 GAIA SYMPHONY

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10年くらい前からこの映画を薦められながら、ようやく観ることができたのは沖縄に来てから。それも第五番(2004年作)からだった。
ビデオ化されないこの映画は、どこかのネットワークが上映する機会に、タイミングを合わせて観るしかない。
昨年、第四番(2001作)を佐敷町で、そして14日(金)には、1992年作の第一番がパレット市民劇場(那覇)で上映された。
第五番ではすでにデジタルでの撮影となっているが、第1作目ではまだまだアナログフィルムによる映像を観ることができる。もちろんそのどちらも素晴らしい。
どこまでも澄んだ映像に、メッセージを持つ人物が登場する。だからこそ、鮮烈に、その語りが際立つ。

4月17日(日)13:00/17:00、同劇場にて、
ガイアシンフォニー第五番』が上映されます。
出演者の石垣昭子さん(写真上)のミニトークと、会場ロビーには彼女の染色作品が展示されます。
(各回、先着200名に雑誌『風の旅人』のプレゼントも有り)
問・オープンスペースあるま
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“地球は一つの生命体である”(ジェームス・E・ラブロック)

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2005.04.14

蓄音機コンサート

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『昔、こんな歌があった』(BCY25NCD-1003T)でお馴染み、山城政幸さんの蓄音機コンサート。
今回は、当時、お屋敷が一軒建つくらいの値段がしたという約100年前の年代物蓄音機と、国産のラッパ型蓄音機の2種類でSP盤音源を聴く。沖縄民謡だけでも500枚以上のコレクションがある中、今回は、てるりん(照屋林助)さんの貴重な音源と、登川誠仁さんによる20代の頃の驚異的な早弾き曲がセレクトされた。またジャンルを超え、美空ひばりからマリリンモンローの稀少盤まで、贅沢なひとときを味わった。CDには無い、なんてやわらかい音だろう。
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マイクで音を拾い直すことなく、蓄音機からの生音のみで聴くという。これは会場がまるみかなーだからこそ実現できたこと。
また、蓄音機には、細針から中、太針までの三種類に、さらに竹の針もあるようだ。この竹の針がさらにまた優しい音色を響かせるのだそう。針の微妙な角度でも変化するのだという。
SP盤をどの太さの針でどの角度で聴かせるのかはプレイヤー次第。こんな楽しみかたもあるんだ♪

そして、蓄音機にはボリュームがない。この針からの振動がボディーの中のぐるぐる巻きのラッパに伝わってゆく。ラッパ(やボディー)が大きく作りが良ければ、びっくりする程、豊かな音になる。
“蓄音機は音が悪い”だなんていう話は、そのほとんどがポータブル型プレイヤーでの話。
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シンプルな蓄音機の構造をさらに楽しんでみることに。
広告チラシを丸めて、蓄音機用の針を刺してみると……、
ちゃんと音が響いてきた♪ (これは打ち上げ中でのエピソード)

次回は、オール沖縄民謡のSP盤試聴コンサートを希望!
500枚のコレクションから何がセレクトされるのか、
もう今からとても楽しみにしている♪

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2005.04.12

琉球海炎祭

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花火撮影は三脚が必携といわれる。
手持ちで撮ってみたら、こんな幻想的な写真になった。
マニュアルモード/バルブで数秒間。絞りF8。感度は200。
風下という逆境も逆利用してみた。

そして、この写真は普段の調子で撮影。
自分にとってはこちらのほうが自然な感覚。
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日本一早い花火ショー・海炎祭。
昨年は週末に行われたこの花火ショー。今年は、IDB沖縄総会の日程に合わせるように、
4/12(火)に、IDB年次総会の締め括りのイベントとして華やかに開催された。
平日にもかかわらず、公式入場者数は92,000人。
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大きな花火の音に、天から雨粒が落ちてきた。
そのまま、お構いなしに撮影続行。
毎度、過酷な環境で酷使しているカメラ。いつもご苦労さん。

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2005.04.11

未公開の浜下り

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今日は、浜下り。旧暦のお雛様の日(旧3月3日)ですね。
そして大潮の日でもありますが、1年のうち、潮の満ち引きの差が広がる日でもあるんです。
今日のコンテンツは、『磯ありんくりん・瀬長島編』。
ナビゲーターは、海ありんくりんでお馴染みのYokoさん。
那覇空港から近いあの瀬長島でも、海の豊かさを確認することができました!

磯ありんくりん[瀬長島編](本日RIKに掲載)


※以下は、本日のコンテンツに掲載しきれなかった写真の数々。
 まだまだ、こんなにもあるんですよね。
 未公開『磯ありんくりんpart2』の写真群です!
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左|アーサの中のヨコエビ
中|フタバオサガニ
右|テラジャー

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左|アンボイナ(猛毒の貝ですね。中身が無くてよかった…汗;)
中|キリンサイ
右|ウメボシイソギンチャク

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左|コモンヤトカリ
中|カサノリ
右|イソスギナ

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久高島シンポジウム2005

この日、久高島には、宮本亜門さんのほか、東ちづるさんも島に渡っていた。
行きの船にはその女優さんご一行も乗船していたが、“あの人誰なの?”って素朴にたずねてくる海人カメラマン・古谷千佳子さんのキャラクターがまたいい。
その古谷さんも『久高島シンポジウム2005』への参加者のひとり。

なによりも、島の若手の参加が例年になく多かったのは、今年のシンポジウムでは特徴的だったことのよう。
第1部は、高齢化と福祉がテーマだったが、実はこれはとても大切なテーマ。
島民が生涯安心して、生まれ島に住み続けることができることがやはり理想。
“島の景観”は、“人の営みがあってこそ成り立つもの”だから。
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また、西銘館長の“一周遅れのトップランナーを目指す”っていう言葉も印象に残った。

シンポジウムの翌日には、記念植樹も行われた。
100年ほど前にも当時の青年達が東海岸に植樹したことがあるという。
島の呼び名でアンダーヤナブ木(フクギの一種)とシークヮーサーの苗木、およそ300株が、島の子孫たち(未来)に託された。

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2005.04.09

風化風葬(無人島体験記・後編)

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無人島での話の続き。
今は無人島でも、かつては人が住んでいた島・具志川島。
島の西側には、ある場所があった。

墓場だ。亀甲墓なんていう立派なお墓ではない。
昔ながらの“風葬”の場所だった。
割れた骨壺がいくつも転がっている。

そこにたたずむボクネンさん。

旅は、ここからはじまった。
(無人島体験記の続きはRIKに掲載予定)

※ボクネンさんと伊是名島を巡る旅は5/14,15実施予定!
※この無人島も、旅程に含まれる予定です。

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2005.04.07

無人島体験記(前編)

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伊是名島の無人島といえば、野生の山羊が生息している屋那覇島がよく知られているが、今回は、ボクネンさんでさえもまだ渡ったことが無いという具志川島に渡ることになった。
この島はちょうど伊平屋島との境にあり、海流も激しい。
当初、カヌーで渡ると聞いていたが、さすがに漁船をチャーターしてもらうことになった。
その漁船でさえも、激しく上下に揺れ、容赦なく波がかぶってくる。カヌーでなくて大正解!
ボクネンさんの後ろに座っているみんなは、ビニールシートに隠れて波しぶきをしのいでいる。

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ようやく島が見えてきたのだが、港(?)があまりにもスゴイ。
さび付いた薄っぺらな鉄板が唯一の堤防……。
これをよじ登って入島するしかないというジョーダンのような話には驚かされた(^^;)。この時点でもうすでに、第2の関門がやってきたというわけだ。

なんとか入島し、さっそく見つけたのは、浮き球。島のいたる所に漂着していた。写真の浮き球は、珍しくも緑色!(ふつうは白)

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そして、島の北西に砂地の広いところを発見!(何面ものスペースがあるゾ)
観光課のKさんも“ぜひ、この島で浮き球△ベースボールをしたい!”とのこと。
時間があったら、あとで最後に浮き球をして遊ぼう、ということになったのだが……。

ボクネンさんとの島旅は、予測していた時間を優に超え、4時間近くにもおよんだ。

この無人島で、ボクネンさんがまず最初に見つけたものはうさぎだった。うさぎをどこまでも追いかけるボクネンさん。その先で見たものは……。

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2005.04.04

琉球王の清明祭

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沖縄では、そろそろ清明祭(シーミー)のシーズンですね。
清明といえば、沖縄らしく、先祖を大事にする行事。
親族・門中が集まって、先祖のお墓でお祈りしたり、
亀甲墓の手前が広くなっていて、重箱を拡げてピクニックのような光景があちらこちらで見られる時期です。

この写真も、ある清明祭です。
お墓の入り口から違いますが、お供え物もちょっと違うかと思いますし、器の家紋にも注目してください。
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今日は、琉球王朝の尚円王の一族が眠る伊是名玉御殿で、
尚家の清明『公事清明祭』が行われました。
琉球王朝の公式行事が現代でも残っているんです。

尚家の家紋が入った琉球漆器は、なんと本物です!
普段は、博物館入りしている公事清明祭の為の器類一式が、
実際の儀式でも使われるというのも稀少なことですよね!

>> 続きは、RIKに掲載されました!

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2005.04.01

コザのChiemi

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知る人ぞ知るシンガー・Chiemi (fromコザ)。
かつて那覇の某ライブハウスの箱バンで、かっちゃんの後釜をつとめ、その後、ディアマンテス以前の千秋とツインボーカルだった彼女。
その圧倒的な存在感のある歌声で、FM那覇のジングルを担当したグループのボーカルでもあったわけだが、そんな“知る人ぞ、知る”コザの歌い手に、RIKインタビュー。

現在、彼女の舞台は、道ばた。美浜でストリートライブを行っているには訳がある。見知らぬ人の足を止めさせるのはご想像の通り大変なことなのだが、彼女の歌唱力と飾らないMCで客を惹きつける。
“自分(の心)が丸裸にならなければ、相手を心を開かせることはできない”とはさまざまな試練を乗り越えてきた彼女らしいメッセージ。

気がつけば、小学生の頃から友達を集めては道ばたで歌っていたそうだ。彼女の原点はストリートにあり。
“立派な歌う場所やいい機材なんてなくていい。どんな環境でも歌い続けることができるなら、わたしは幸せ”
歌に対する愛情は、小さな頃から一貫していて、ずっと変わっていないんだ。

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