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2005.06.30

迷盤復刻・KOZA75

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キャンパスレコードの原点がここにあった。沖縄民謡の老舗レコード店であり、数々のプロデュースを手掛け、名盤をリリースしてきたキャンパスの第1作目が、このレコード『KOZA75』。
“昔、キャンパスはフォークロック通の店だった”と仲本ツトムさんが書かれているように、その辺りについても、もちろんRIKインタビューは尋ねてゆくことになった。

※30年前にジャケット撮影をされた写真家の国吉和夫さんご本人に、レコードを持って頂いて撮影。

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2005.06.29

むかし歌の新譜『湧川明・うた』

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「昔ながらの歌い方だよ」。湧川明さんをそう評するビセカツさん。「情け歌はもちろん、たとえカチャーシーであっても本来のテンポで歌い、そこに味があるんだ」という。

ほとんど、三線一本で歌をじっくり聴かせる新譜というのは稀だ。名盤がまた1枚、昨日リリースされた。
『湧川明 特集「うた」』。芸歴は長いがアルバム作品は初リリース!
円熟した「うた」を堪能できる1枚。三線の音色は真綿のよう。
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ちょうど発売日にFM21へ出演された湧川明さんと、昨日お会いすることができた。
「私は、若い人たちにも“じっくりと取り組みなさい”っていうんですよ。
若い人たちはすぐ歌を覚えるけど、ただ早く先に進んでも、ご本人も困るでしょう?」

何十年もかけて、ようやく1枚のアルバムを録った湧川明さんの言葉には重みがあった。

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2005.06.28

[続] 知名定男・本気インタビュー(2)

top3知名定男さんの気合いの入ったインタビューは続く。RIK記事にも、ばんにも掲載しきれなかった部分を、このブログに復活してみることに。

――最近は、装飾の多い伴奏が多く感じられます。その中で、“三線一丁で、昔歌を”という、今回のようなアルバムが登場することを待望していた島唄ファンも少なくはないと思います。

知名「特に、最近の若い人たちに言いたいんだが、すぐ楽器を入れたがる。洋モノのアレンジを入れたがる。それは一体なんなのか? 単なる音への憧れなのか? それとも歌唱力が無いのか? そういう周囲の音でフォローしてもらうというのはね……。
じゃあ、“素”で歌った時にどうなのか? やっぱり自信が無いんじゃないのか? だったら、“もっと歌い込まんか?”という事になるんですよ。

あれこれできる器用貧乏になってしまっていて、肝心の歌が発展していないというか。
ですから、まず先輩達の唄を聴きまくったり、あるいは歌いまくったりすることが、基本なんですよね。

古い歌の中に、先輩たちの中に、素晴らしい大きな財産があるんですよ。それを盗み取らないと。
先輩というと、恐れおののいて、遠ざかっていくんですが、僕らの時代は近寄っていったものです。

なんとか、教えてもらえないだろうかとか、この人はどうやって三線を弾いているのだろうかとか、そういう探求心は強かったですよね。もっとどん欲に、“そこをもう一回弾いてください”とか、自分から行かないと、何も教えてもらえないですよ。
たくさんの先輩達に出会えて、同じ時代を過ごせたということは、僕にとっては大きな財産でしたよ」

今回のアルバムは、“昔歌”を“三線一本で聴かせる”という、この2点が特に注目なポイントであり、
また、知名さんから後輩たちに贈ったメッセージは、目が覚めるような強烈なものだった。

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2005.06.27

知名定男、本気インタビュー

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ズバリ言う「ようは“消化不良”を起こしたんです。だったら、完全燃焼したいじゃないですか」
そんな本音トークで語る知名定男さん。19年ぶりのスタジオ録音盤についてのインタビューをそう切り出した。
詳しくは28日(火)掲載予定の、知名定男さんの気合いの入ったインタビュー記事を、楽しみにしていてほしい。
→RIKに掲載予定

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2005.06.26

琉球家屋をアトリエにする彼らの話

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今、最も、RIKイチオシで紹介したい若手アーティスト集団がいる。
写真をじっくり眺めているとあのアーティストにもそっくりだが、そういうことは本編で触れるとして、さっそく彼らの作品の一部をご紹介しよう。
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左:ゴーヤー姫(内側にも隠しプリント有り!!)
中:ヤンバルクイナ(表は可愛く/裏面にはメッセージが)
右:Free Sky?(空くらいは自由であってほしいよね)
  OKINWA FREEDOM(沖縄フリーダム!)
  ニライカナイ航空(ヴァーチャルな沖縄エアライン)

という個性的なTシャツなどのデザインを手掛けている。またそれだけでなく、実は、銅版画から陶芸、銀細工までと、その活動範囲はかなり広い。
もっとじっくり顔を眺めてみると、おや?あのミュージシャンにも似ていないか? そう、彼らは某バンドで音楽活動のほうも続けているけれど、その話も長くなってしまいそうなのでここでは割愛する。
来月の前半頃には原稿をまとめて、RIKで彼らの活動を紹介予定なので、今日はこぼれ話をしてみよう。
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彼らは、古い琉球家屋をアトリエにして活動している。
昔ながらの赤瓦屋根。庭には大きな木があり、広くてなかなかにいい環境。室内も、大家さんから自由に改築してもいいとの承諾をえて、アーティストのアトリエらしいオープンな空間になっていた。とっても広いと思ったら、そういえば琉球家屋には必ずあるはずの位置にトートーメー(仏壇)がない……。

実はその前の借り主(他県出身者)が家の中を広くする為に、仏壇をぶち抜いて、そこに布団をしいて暮らしていたのだとか。さらには壊した仏壇は庭の隅に積み上げていたらしいという(@.@)。これは、沖縄的な感覚からいうと、とても大胆すぎるだろう。

彼らが、今まで何度か撮影などで使おうと試みる度に、急に大雨に降られたりして撮影中止を余儀なくされたという。今日もまた“曇りのち晴”という予報とは裏腹に、大雨に祟られた。
また、当初、出入り口はトイレからだったのだとか! だが、ちゃんと玄関を使えるように修理するまでは、不思議とそのトイレからは出入りをすることは無かったという。
それから、庭の草木を手入れするようになると、花も咲くようになっていったそうだ。
かれらは偶然にここを見つけたらしいが、ここの遠い昔からの“本当の主”が、“ここを頼む”と彼らを招いたのかもしれない。

庭で撮影していると、どこからともなく猫が現れ、いっしょに写ろうとカメラのファインダーの中に入ってくる。まるでここの主のようでもあった。
取材から帰る途中、その町を抜けると雨がピタリと止んだ。
つい先ほどまでがウソのように日が差してきた……。

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2005.06.25

北中城・花咲爺の会のお祭りへ

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昨晩は、いくつかの大型イベントが行われていた中、手作りでとても素敵な地域交流コンサートへとお招き頂く機会に恵まれた。
集落のいたるところに花と彫刻とシーサーたちが並び、散歩しているだけで幸せな気分になりそうな、花と緑に囲まれた芸術の里づくりをする集落が北中城にある。その中心となっているのが“花咲爺会”。この地区の55歳以上のお爺ちゃんたちによる素敵な集まりだ。

東京から遊びに来ていた友人と観光で散歩をしている道中、その“花咲爺会”の会長さんと偶然に出会った。ご挨拶し、お話していると共通の友人がいることを知る。そしてまた、うわさで耳にしていたこの集落の風物詩“ムーンライトコンサート”にも、ご招待頂くことになった。

集落には国指定重要無形文化財の中村家があり、よそから転移してくることはほとんど難しいと聞いたことがある。それだけ、地域の伝統を守ろうという結束が根強いのだろう。
その一方で、地域区民とまわりから訪れる人々との交流を目的とした、このような素晴らしいコンサートを開いたりする柔軟さもある。

月明かりの下で、区民も外からの訪問者も一緒になった。

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2005.06.24

南部の伝説を追いかけて

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『南部の伝説を追いかけて』
沖縄南部には戦跡のほか、南山時代の頃のグスクなど歴史的な史跡がいくつもあるといいます。各史跡にまつわる伝説に触れてみたくて、南部のグスクを巡ってみました。

……[ 続きを読む ]

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2005.06.23

慰霊の日に捧げる歌

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あの沖縄戦から60年の節目を迎える『慰霊の日』(6月23日)。戦時遭難船舶遺族会の合同慰霊祭(那覇市・波の上旭ガ丘公園「海鳴りの像」前)には、鎮魂歌『嘉義丸のうた』を奉納に訪れた朝崎郁恵さんの姿も。

昭和18年、大阪から沖縄に向かう途中、奄美沖で魚雷攻撃によって沈められ、その生存者の治療にあたったのが朝崎郁恵さんの父・辰恕さんだった。治療にあたりながらその出来事を一部始終を聞くことになり、そのことを歌に残した。それを現在も歌い継いでいるのが、娘の朝崎郁恵さん。

ずっと歌い続けていたわけではなく、偶然に生存者の新城スエさん(当時24歳/88歳)と出会ったことがキッカケで、“これは再び歌い続けなければいけない”と『嘉義丸のうた』を歌い継ぐことを決心したのだとか。
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式典には、その話を聞きつけた生存者の仲宗根トヨさん(当時19歳/83歳)も十年ぶりに慰霊祭を訪れ、もうひとりの生存者・仲本保子さん(当時2歳6ヶ月/66歳)も参列された。
当時は厳しい“かん口令”が敷かれ、生存者が家族の待つ沖縄に戻っても、“何事があったのか”、親から尋ねられても一切口外することができなかったという。家族が犠牲になったことさえも知らされない世の中だった。
そういう状況で、歌に残し歌うことも命がけだったかもしれず、表に出なかった理由がここにあるのかもしれない。
それが、『十九の春』の裏側にあるもうひとつの歌。

5隻の船団のうち嘉義丸だけでなく、その後、湖南丸、赤城丸、台中丸、開城丸が、戦争によって沈められた。

ひとつの船の歌というだけでなく、戦争の犠牲になった多くの御霊に捧げる鎮魂歌として、これからも歌われ続けてゆくのだろう。

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2005.06.22

6月23日発表のコノ1枚

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6月23日発売のCDというとkiroroとかありますが、RIK特選はこの1枚。
知花竜海らが中心となったDUTY FREE SHOPP.×カクマクシャカの強力な音楽ユニットが、DVD付きシングル『South 天加那志』をリリースした。
彼らの徹底的に作り込んだ音と映像の世界は、
知花竜海(談):「ありえない組み合わせの“夢のコラボレーション”が実現した」という。

RIK恒例のロングインタビューは、コチラ→

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2005.06.21

禁じられた鎮魂歌

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古謡を歌い継ぐ唄者・朝崎郁恵。戦時中に禁じられた鎮魂歌『嘉義丸のうた』が新譜に収録されたのは、ちょうど戦後60年の節目に重なった。
嘉義丸が、大阪〜奄美〜沖縄へと向かったように、新譜の曲目では、本土の歌(竹田の子守唄もある時期放送禁止歌)〜奄美の島唄〜そして沖縄のあの歌へと繋がってゆく。

あの歌とは、馴染み深い『十九の春』のこと。現在でも作曲者名は不詳ということになっている。この『十九の春』ができた当時は、ラジオで作曲者を探す呼びかけを続けていたらしいが、ついに見つからなかったのだとか。

歴史は、戦時中にまでさかのぼる。昭和18年に、撃沈された貨客船・嘉義丸の生存者を手当てした朝崎郁恵の父・辰恕が、その時に聞き取った証言を元に、鎮魂歌『嘉義丸のうた』を作った。
今でも、カケロマ島の花富の集落のおじいちゃんやおばあちゃんたちは、その事件とその歌を覚えており、その歌う旋律があの『十九の春』によく似ているという。
(『ラッパ節』『与論小唄』も、『十九の春』のルーツといわれる)

当時、朝崎郁恵は8歳。彼女の父親がその事件を風化させないようにと、歌を作って残そうとしたり、青年団を集めては教えたり懸命だったという。その時の歌が、『十九の春』が出来る遙か前、昭和18年作の『嘉義丸のうた』だった。

数え歌で13番。嘉義丸沈没の証言と、その歌のルーツの鍵が、この長い歌の中に刻まれている。

 平成17年6月23日。戦時遭難船舶遺族会の合同慰霊祭で、
 『嘉義丸のうた』を奉納することになりました。
 14時〜15時。那覇市波の上旭ガ丘公園「海鳴りの像」

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2005.06.20

いつまで続く、やんばるの悲劇

ブログで速報としてお知らせしようとしている矢先に、ショックな出来事がここ何日か積み重なってしまった。
ヤンバルクイナの交通事故の度に、その悲しい知らせが「NPOヤンバルクイナたちを守る獣医師の会」から届く。ブログでも速報として伝えようと、そうしている間もなく、次々と悪いニュースが届いてしまう。それが4日連続に及んだ……。
RIKの連載『ヤンバルクイナたちは今』の続編を構想を練っている真っ最中だった。
僕らは“媒体”。落胆している暇はない。たしかに受け取った伝達するべき事がらは、しっかりと伝え続けなければ。
長嶺獣医師からのメールにも、「我々は座して事故で救護されるクイナと死体を待っているわけにはいきません。もはや、沖縄県知事による緊急事態宣言が必要ではないかと思います」という緊急メッセージが書かれていた。

このままでは、数年もかからずに絶滅してしまうという。
まだその命あるうちに、我々にもできることがあるはずだ。

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2005.06.18

指笛王国おきなわ

指笛王国おきなわ
沖縄には、遊び心のある大人たちが、面白いことを次から次にカタチにしてゆく。例えば、コザ独立国、日本三板協会など。
そんな沖縄に、また新しく『指笛王国おきなわ』が立ち上がろうとしている。

『指笛王国おきなわ』の建国は7月10日。
指笛のカタチが“7”。両手の指の数で“10”。また、偶然にも日曜日に重なり、西原中央公民館15時から開催予定となった。
やっぱり指笛といえば“沖縄”。余興などでカチャーシー、エイサーの囃子など、様々な機会で耳にする。
とはいいつつ、実際に指笛が吹ける人がどれくらいいるのだろうか?

“沖縄だから、皆が泳げて、皆が三線が弾けて、皆が指笛吹ける”という訳ではない。
実際に少なくなったと危惧するのは、千原エイサーの中心的メンバーの花城さん(嘉手納町)。彼もこの設立メンバーの一人。
今まで指笛が吹けなかった地元の人も、この指笛王国に参加すれば、誰もが吹けるようになって帰れるよう、その機会を広めてゆきたいとのこと。

そして、指笛といえば囃子という“脇役”的なイメージだったが、実は意外な使い方もたくさんあれば、また、指笛=沖縄、と思いこんでいたら、すでに全国レベルな活動が拡がっていた。
その第一人者のひとりも、『指笛王国おきなわ』の建国を聞きつけ、建国記念イベントにゲストとして参加することになった。しかも自費で遙々沖縄までご参加されるという。

イベントでは、指笛講習会や音量コンテストのほか、
エイサー、クイチャーなどが予定されているが、そのエイサーとは、先の“千原エイサー保存会”の演舞であるし、クイチャーもまた、国吉源次さんのところのグループだということ。
それだけでも、一見の価値あり。

何より、無料なんですから。
そしてこの機会に、自分へのおみやげとして、
指笛を吹けるようになって持ち帰れたら素晴らしいですよね。

※問い合わせは、
『指笛王国おきなわ』広報大臣室ブログ まで
(マスコミ各社取材申込、一般参加者、大歓迎◎)

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2005.06.17

屋慶名で、転覆ハーリー?!

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ただ自分の船を漕げばいい、というものではないのがハーリー競漕。漕ぎ方を間違うと転覆してしまう。
自らのカイで、知らず知らずのうちに船の中に海水を入れてしまい、コースも途中で転覆する船があった。
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ハーリーに限らず、“ただ、がむしゃらに漕げばいい”というものではないと思う。思っていたほど、そうは甘くはない。そんな現実がきわどいところにあるものです。何事も過信しないように。

[写真上]
日曜日の晴れ間が懐かしい1枚。屋慶名の入り江が美しかった。

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2005.06.16

平安座島ハーリー会場に、不発弾処理車?!

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この地域最大級のハーリー競漕が平安座島で行われていた。伊計島、宮城島は午前中で終わりだったが、平安座ハーリーは午後にまで及んだ。

出店も出ていたので、平安座小学校の父兄さんのテントで、沖縄そばセットを頂いた。カラアゲとおにぎり2個つきで500円と良心的。
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また駐車場には、なぜかこんな車もあって驚いた。不発弾処理班もハーリーに参加?もしくは近くに現場が?!

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2005.06.15

桃原ハーリーと、宮古の狩俣ハーリー

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ハーリー巡りは続く。伊計島の次は、となりの宮城島へ。
この島の桃原地区でも漁港前でハーリーが行われていたのは当日朝に知ったのだが、伊計島ハーリーを最初から最後まで見届けたあとだったので、すでに大会は終了してしまっていた。

大会を終えたばかりのハーリー船。地域によって装飾が違うのもまた楽しめる。

RIK&FM那覇のイベントカレンダーには載っていないハーリー大会も、まだまだ沢山あるのです。

今日は、宮古島在住のD介さんによる、狩俣ハーリーのレポート記事がRIKに掲載されました。

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2005.06.14

他言無用,そしてフォトキチへ

永六輔、中山千夏、矢崎泰久、松崎菊也の『他言無用LIVE2005夏』読谷公演へ(以上敬称略)。目的は、RIKの取材。
最高レベルのブラックジョークなLIVEにどこまでついてゆけるのか?! そもそも内容は“他言無用”なのだ。これは直接観た者しか知ることができないというわけだ。今日(15日)は那覇市民会館でも公演有り!! 見逃す無かれ。

RIKの取材は、そのもっと舞台裏にあった。そう、永六輔さんに会いに!
RIK独占取材の内容は、詳しくは近日中にRIKにアップ予定!!
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その帰りに、月に一度行われているというフォトキチのミーティングへ初参加。先日のRIKへの参加の御礼を直接言いたくて。
そして、せっかくなので、自分で撮った写真も持参していったほうが良いとのことだったので、先日撮った海神祭の写真を何枚かプリントして持っていった。
元々、自分が写真を撮り始めるきっかけとなったのは、このRIKの仕事からだから、まだ3年目。日々実践だけど、誰に教わることもなく自己流でやってきた。
同じ世代の写真を撮り続けている人たちとの交流を求めていたところに、そうだ、沖縄にはフォトキチがあった。
1枚1枚の写真に、意見を交換しあい、それが大いに刺激になった夜だった。

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2005.06.12

150年の伝統・伊計島ハーリー祭

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150年の伝統を持つ『伊計島ハーリー祭』は、自然浜で行われる数少ないハーリーのひとつ。
宮古・八重山でさえも、自然浜で行われる海神祭は少なくなってきた。沖縄本島では、先日の名城ハーリーと、この伊計島ハーリーくらいだろう。

近年のハーリーは競漕が中心のような、まるでスポーツイベントのようなものも多くなってきた。浜の姿カタチだけでなく、時代と共に様式までも変化してゆくのだろうか。
伊計島の御願バーリーには、伝統的な様式が守られていた。
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この漕ぎっぷりを観てほしい。なんと、美しいのだろう。
さすが、伊計島ハーリーのメインイベンター。
その彼らは、なんと『伊計老人クラブ』!
平均年齢73歳の11人のお爺さんたちだ!

この息の合い方、そして見事なフォーム。
普段から練習しているわけでは無いというから驚く。
「我々の時代は、毎日食うために手漕ぎの船を出して漁をしていたんだ。練習しなくても染みついている。今の若い者には、まだまだ負けないよ」

また、追い抜かれたとしても、最後まであきらめず、
一生懸命に漕ぎ続ける姿。

そして、彼らのこの熱い応援も、島一番だった。
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2005.06.11

ハーリー歌が聴きたくて

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ハーリー歌が聴きたくて。それが名城ハーリーへと足を運んだ最大の理由だったかもしれない。
ハーリー歌は、あの那覇ハーリーにもあるが、この名城の地区のハーリー歌は、爬龍船の上だけでなく、陸の上でも歌われる。
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道ジュネーしながら、この地域で昔から漁業に深い関わりのある家々を廻る。
さきほどまで、あれほど競いあっていた西島・中島・前島が、また仲良く一緒になって巡るところが素晴らしい。
沖縄の祭りで行われる綱引きやハーリー競漕のあと、晴れ晴れしく思えるのはここにあるのかもしれない。
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(そして、RIKへと続く)

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2005.06.10

40年ぶりのハーリー競漕

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沖縄の自然浜で行われている数少ないハーリー競漕が、糸満の名城にある。
今では、人工でないビーチを探すことのほうが難しくなってきている沖縄に、まだ、こんなにも素晴らしい海神祭が残っていたのかと感動した1日だった。
北名城ビーチの右手には、龍神が奉られ、左手には、名城の海に深く関わったご先祖の亀甲墓に見守られながら、『名城ハーリー』は行われた。
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その名城ハーリーに、40数年ぶりに復活したというハーリー競漕が披露された。『青年バーリー』が、昔ながらのやりかたに戻ったらしい。
竹竿に賞品をぶらさげ、それを、西島・中島・前島の3つの青年ハーリーチームが狙う。
昔は、物が無い時代。それこそ、必死になって競いあったという。
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御願バーリーに続いて、青年バーリーも制したのは、西島だった。その西島を先頭に、海の上を3周回る。高々と賞品がぶらさがったカイをあげ、なんと誇らしいことか。

このほか、今年新しい競技をはじめた。なんと、『門中バーリー』だ。集落の主な7つの門中を、海差・海勢頭・前敷の3つのハーリーチームに分け、競いあう。親戚一同、意地の張り合いだ。

もちろん、勝負のあとは、また仲良く、集落の人々の気持ちがひとつになった。
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咲き乱れる紫陽花

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今、もっとも見頃な花畑を紹介しましょう。沖縄の可憐な花シリーズ(3)は、『よへな あじさい園』。
山の斜面いっぱいに拡がる紫陽花は、88歳の米寿(トーカチ)を迎えても、現役で毎朝手入れしているという饒平名ウトさんによるもの。
見頃な時期はおよそ1ヶ月間。残りの11ヶ月は、そのシーズンに綺麗に花咲くよう、手入れを続けているのだそう。この急勾配を90近いおばあちゃんがひとりでがんばっているという。
そしてシーズン中には、子供から孫まで、4家族が応援に駆けつけるのだそう。これが個人農園だと知るとますます驚く。

本土から来た観光客にもインタビューしてみると、
「ふつう、紫陽花といえば淡い色合いで、石畳の脇に咲いているものが、ここでは色濃く、一面に咲き乱れているのが、やっぱり沖縄!っていう感じで驚きました。こんなの初めて!感動です!!」
との感想が返ってきた。
“わびさび”を超越した咲き乱れる紫陽花は、ここ、本部町伊豆味の「よへな あじさい園」だけ。

シーズン中、先週末満開を迎えたので、今週がもっとも見頃。
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2005.06.09

イジュの花、そして琉歌

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沖縄の可憐な花シリーズ(2)は『イジュ(伊集)の花』。
やんばる方面をドライブしていると、
山一面に白く咲いていたりしますよね。

沖縄北部や八重山諸島に自生するイジュの花は、
昔から琉歌にも詠まれています。

伊集の木の花や
  あんきょらさ咲きゆりわぬも
   伊集のごと真白咲かな

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2005.06.08

やんばるに咲く珈琲ぬ花@RIK版

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地元マスコミ初公開記事、いよいよRIKにて、本番アップです→
(やんばるに咲く珈琲ぬ花@RIK版)

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沖縄にコーヒーの花が咲く[初公開]

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地元マスコミ初公開!ブログではもちろん初公開となるこの花は、コーヒーの花。
やんばるの東海岸を北上すると、東村の外れにそこだけ異国のような雰囲気のカフェがある。『HIROコーヒーファーム』。
ここは、カフェだけでなく、コーヒーそのものを自家栽培していることでも知られている。
とれたてのコーヒー豆から焙煎したコーヒーの味と香りの味わい深いこと。コーヒー豆そのものを拝見させてもらうと、油がまったく浮いておらず、豆粒が鮮度の良さを物語っていた。
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これはぜひ、畑を見学させてもらおうと思い、オーナーのHIROさんに案内して頂いた。
ネットで覆われた畑の扉を開くと、まず気が付くのは、日にちと名前の入った立て札がある。
そう、コーヒーの木のオーナーになることもできるのだそうだ。オーナー制度をはじめて8〜9年くらいになるらしく、くわしくはRIKにでも書くことにしよう。
HIROさんが見せてくれた“とっておき”はこの“コーヒーの花”。実は、地元TV局からもリクエストはあるが、マスコミにはまだ未公開だということ。

この花の数だけ、コーヒーの実がつくという。
白くて小さな花びらが可憐だった。
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2005.06.06

うちなーぐちの早口言葉、プレゼント

うちなーぐちの早口言葉って、あるんですね。
たとえば、こんな調子で。

 うぐすくぬ
 うなぁや
 うなんどぅるさん
 うたぬのぉ
 うまじてぃん
 うまじてぃん
 うまじびららん

“RIK的・うちなー度 検定”ではありませんが、
これを早口でお願いします(^ ^)。

そして、その早口言葉が、ポストカードになりました!
裏面には、ちゃんと訳も書かれています。
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うちなーぐちのポストカードはよくありますが、
“早口言葉”ポストカードは新しい!!

しかも、民話収集家の金城春子さん作で、
若手人気書家の浦崎善隆さんの筆によるもの。

これはもう、RIKの読者プレゼントに決定です!

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2005.06.05

ヤンバルクイナのヒナの家を作る

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今日は、ヤンバルクイナのヒナの家を作ろうとの呼びかけに、学生や子供達や専門の技術を持ったものなど、50名もの人々が、国頭村安田区のヤンバルクイナ救護センターに集まった。
中には、前の晩から、公民館に泊まり込みの人たちも。獣医師・長嶺隆先生もその一人だった。
作業着姿で泥と汗まみれで率先して働く先生の姿に心打たれた。
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国頭村安田区のヤンバルクイナ救護センターも、元々は地元の幼稚園だったところ。さらには裏の畑まで、ヒナの家を作るために、地元の方がご厚意で提供してくださったという。
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作業もまだまだ途中のところで、ほかの取材の為、どうしても早めに那覇に戻る必要があった。高速道路を使っても那覇から約3時間くらいかかる。後ろ髪をひかれる思いで、ヤンバルクイナの家の建設現場を後にした。

完成した住まいの中で気持ちよさそうに過ごしているヤンバルクイナのヒナに、また会いに行きたいと思う。
県道2号線を、ゆっくりと気をつけながら。
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2005.06.04

沖縄IT高度人材育成セミナーへ

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今回の沖縄IT高度人材育成セミナーでは、『コーチング』を丸々2日間にわたって学ぶことになった。
講師は、伊藤康倖先生。彼のセミナーは東京あたりでは数十万することもあると、同セミナーに参加していたベテランのrioさんは言う。それが、沖縄県主催の「沖縄IT高度人材事業」として行われると、2日間の受講料が、なんと6千円(+税)で受講できる。こんな、いい機会はない。

最近、巷でなにかと話題の『コーチング』。“ティーチング”とは対極にある“コーチング”。では、なぜ、いまコーチングなのか? そんなところからはじまった。
講義を聞くばかりではない。さっそくそれの応用問題が出される。それもいきなりだ。課題が飛んできては、それに応えてゆかなければならない。

最初の問題は“一枚の人物写真について、それがどういう写真なのかを分析し説明してください”ときた。“これは、合成写真ではないか?”など、ひとりひとりが答えてゆく。実はそこに明確な答えは無いのだ。
結局、“左肩があがっていているので、セルフポートレート”ではないだろうか、という自分の意見などが適正だったようだ。
ようは、その写真の外側にある背景までを、“マッピング・ヴュー(俯瞰)”することが大切だということ。
これはまだまだウォーミングアップにすぎない。

今までの常識とは視点を変え、頭をもみほぐしながら、フル回転させる。
急激に頭を使うので脳が酸化し“寿命が、3日分ほど短くなる”といわれるセミナーだ。
(長生きセミナーの対極にある?!)

初日はまず、大脳生理を知ること。もうほとんど心理学のよう。
そう、実はこの『コーチング』も、心理学的には危ないと言われているのだそう。
なぜなら、特に日本のコーチングはビジネスに傾倒しているところもあり、
そのコーチ役の大半は、心理学者ではないことが原因だという。

コーチング対象者もコーチに依存しすぎてしまうケースも実際にあるのだそう。
つまり、“毒にも薬にもなる”のがコーチング。

そして、このコーチングは、アメリカや日本などのアメリカ文化圏の常識を持っている国の中でしか通用しないというもろさも知ることになった。(欧州やアジア、アフリカなどには通用しない。琉球文化圏には?)

そこをよく知った上で応用してゆかねばならないようだ。

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2005.06.03

『KOZA'75』という響き

koza75
沖縄藝能新聞『ばん』の最新号が届いた。そして、“迷盤復刻『KOZA'75』が帰ってきた”という広告の見出しに注目する。キャッチコピーよりもアルバムタイトルそのもののインパクトにやられた。この時代のコザのフォークをまったく知らない世代なのに、タイトルとジャケット写真に惹かれる。ジャケ買いに近い衝動で、この『KOZA'75』については、タイトル買いとなりそうだ。なんだろう、この響きは。

1.河原乞食の唄/知念良吉
2.おやすみ/ゆきちゃんとそのグループ
3.彼方へ/ニカタマンタ
4.十九の春/黒川修司
5.きじむなあ/つばきでんせつ
6.冬の部屋には/ニカタマンタ
7.三つの写真/恩河源司
8.闇お婆ー/仲本ツトム
9.冬は冷たい風が吹いていた/知念良吉
10.夕闇バンドのロックンロール/黒川修司
11.人生歌あり/平安隆
12.Spanish Flangdang/山田義明・仲本勉
13.がらまんどう子守唄/仲本ツトム
14.ココから/ミツコ・ソーケン
15.演歌コザ高校/サムライ・フジキ
16.The Rose in the Heather/仲本ツトム

ちょうどフォークといえば、その広告の隣には、高田渡さんについてのコラムもあった。
ほかにも、Kennyさんの“ピアノ/合唱で蘇る宮良長包”、与那原 恵さんの“白保の夜”、ベテラン勢も大湾清之さんの記事など面白い。そして、小浜司さんの辛口コラムは今月も容赦無い。いろんな意見はあるかもしれないが、沖縄側から批評できるメディアあるというのはある意味、健全なこと。これからも、地元沖縄から頑張り続けてほしい媒体だ。

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続報・ヤンバルクイナのヒナ

kuina0603
ヤンバルクイナのヒナが救出されて数日経ちますが、体重も救出時の倍くらいになり、順調に回復しはじめているようです。
その後も何度か親鳥の元に返すことを試みているようですが、親鳥の気配はないとのこと。このまま、野生に返すことは困難との状況のようです。
ここは、ヒナの長期飼育にも備え、みんなでチカラを合わせて、野外ケージ(仮の住まい)を作ろうということになりました。
国頭村・安田区のヤンバルクイナ救命センター」の、裏の畑の地主さんが無償で土地を貸してくださるとのこと。
ここに、14m×8m、高さ2mのケージを作ることになり、ネビやマングース、ネコに襲われないように、ネットでフェンスを囲むみます。ヒナのための家をみんなで作りませんか?
いっしょに参加される方、大歓迎とのこと。
スコップも不足しているようです。持参してくださると助かるようです。

日 時:6月5日(日)午前9時
    安田区公民館集合
    ※車は公民館に止めてください。

場 所:ヤンバルクイナ救命救急センター

主 催:NPO法人どうぶつたちの病院
    ヤンバルクイナ保護プロジェクト
協 力:安田区、沖縄野鳥の会、
    ヤンバルクイナたちを守る獣医師の会
    (社) 沖縄県獣医師会、沖縄ペットワールド専門学校ほか

ご担当:長嶺隆さん

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2005.06.02

今月の沖縄壁紙

kabe06
あなたは、壁紙を使う派 or 使わない派?
今月も、沖縄壁紙のコーナーがやってきました!

・水中写真は、ニモですっかりお馴染み“カクレクマノミ”。
 (photo by YOKO)
・赤ちゃんヤギとおかあさんヤギとの微笑ましいショット。
 (photo by YUMI)
・ありそうで無かったのが、“沖縄角力(すもう)”の壁紙!
 会場まるごとの雰囲気を1枚に。
 (photo by KUWA)
・離島の空港が好きです。今回は、伊江島空港。
 まぶしい青空の下から、また1枚。
 (photo by KUWA)

ダウンロードはコチラから(→RIK)

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6月もRIKは多彩!

topic沖縄でもブログが盛んですがなかなかいい情報には出会えないものです。RIKは毎日が特集号! 地元の皆さんも沖縄通のあなたも、もしかするとまだ知らないかもしれないお店紹介など、今月も、他にはないような沖縄からの地域情報を満載でお届けしてゆきます。

今月の沖縄も見所たくさんですが、その中から、RIK的・特選情報をピックアップしてみました。
たとえば、旧5月4日(新6/10)のハーリー情報も、編集部が実際に見てきたものの中からオススメしますし、ギャラリー情報も、“これは!”と注目しているものだけを特選。

また、ロングインタビューもRIKの特徴のひとつになっていますが、6月はスペシャルで何組かのアーティストにご登場頂きました。
雑誌のようにさまざまなロケ地で撮影し、インタビューとなりましたのでどうぞお楽しみに。


昨日届いた月間レポートで、
“まだ5月ですが、昨年のアクセス数の最高値を上回った”との知らせが入りました。
数字よりも、何より、そういった反響が励みになります。

足を使って実際に見聞きしたものだけをお届けする取材活動を、これからも地道に続けてゆきます。

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