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2006.05.07

琉球八社・末吉宮

先日、友人の“住職”さんが、末吉宮近くのそば屋に立ち寄った際、琉球王府にゆかりのある史跡を訪ねてみようと思い立ったという。そしてそのお誘いがあった。
また同じ日の午後、D先生から撮影場所の指定があった。
それもその沖縄そば屋と末吉宮だった。
同じ場所、日程もほぼ同じ。条件も晴の日。
さすがにこれは何かあるかも?

撮影当日、そのそば屋でほぼ撮影が完了し、
末吉宮まで行かないでも済みそうだったので、
“住職”さんにも電話し、また今度ということになった。

引き上げている最中、悪寒がしはじめ、そこから体調が崩れ始める。
GWも休み無しだった。はやり過労には気を付けなければ。
そしてその日はそのままダウン。風邪?

翌日にはあるていど回復し、そして仕事仲間のKさんから一本の電話が入った。
どうやら、偶然にも同じ日のほぼ同じ時刻に、末吉宮にフラリと撮影に訪れていたらしい。
同じそば屋にも立ち寄ろうと考えていたのだとか。
Kさんは僕とは違って“勘”が鋭い人だが、お互いの予定は知らなかった。
末吉宮のある御嶽の付近で、拝みにきていたあるかたと会話を交わしたらしい。
そのまま末吉宮に向かっていたら、たぶん同じ現場に辿りついたのだろうが、こちらは予定を変更してしまった。

そのかたは末吉宮がどういうところなのか、由来などについて色々と教えてくれたのだとか。
そしてそれをわざわざご報告してくれた。感謝。

琉球八社についてのシリーズがはじまりそうだとわかってきたのは、翌日、取材で安里八幡宮近くの第一ホテルの取材があったり、今日は泡盛の取材で金武酒造の金武宮に立ち寄ったことなど。
今、帰宅して調べてみると、そのどれも琉球八社だったことでようやく気がついたところだ。(続く)
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【琉球八社・末吉宮】尚泰久王代の和尚が、大和への修行した先が熊野だった。
琉球国に帰国後は、再び熊野への参詣が許可されなかったが、とうとう夢のお告げに熊野権現が現れた。それは尚泰久王にも現れたらしい。
「首里の北側の山に大声で呼びかけ反応する場所に霊験がある」と告げられた。その場所に社を建てたのが、今の末吉宮なのだという。

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コメント

末吉宮……一昨年行きました。なんか不思議な空間ですね。
社殿のすぐ下辺りに立った時、「あれー、斎場御嶽によく似た感じがするなぁ」と思いました。あの感覚は何だったんだろう……

2年前に浦添市主催のウォーキング大会があり、
末吉宮を通過するコースがあったんですが...、
かなり“雰囲気”のある場所だったことを記憶しています。
僕もまだ1回しか行ったことがないんですよ。

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