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2006.07.23

粟国島のイザイホー

Aguni2_1
Aguni2_2
そもそも、この島に渡った最大の目的のひとつは、
粟国最大の伝統祭祀『ヤガンウユミ』を拝見することだった。
ニライカナイより神々を迎えることから“粟国のイザイホー”とも
いわれるようだが、まず主神がなんと“祟り神”であることのほか
そしてこの祭祀の由来を辿ってゆくと、
ほかの祭とは似て非なるものであることがわかる。

文献によれば、その由来は少なくとも4つほどあるようだが、
今回の旅の聞き取りで、もう一つ別の説も伺うことができた。

共通していえることは、そのどれもが“祟り神”を鎮魂するため
に祀ったことにはじまるようだ。
—————————————————————————————
昔、旧暦6月20日以降に島の北側に行くと、目をくり抜かれたり
鼻が削ぎ落とされたりという不可解な事件が続き、島の役人が
調査し、それが事実であるということが判明。王府に報告した。
荒神に、神酒と干魚(バーイ)を捧げ、島の神人たちと力を合わせ
鎮魂したという。
—————————————————————————————
これが一般的な説。その祟り神とは?
現在は鎮魂の儀式の他、島の平安、島人の健康なども祈願する。

島では今もなお、この祭祀への畏敬の念が強いのには変わりない。
このヤガンウユミについてのレポートは続く。
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「沖縄便り」カテゴリの記事

コメント


学生時代に姉に薦められた

「隠された十字架 法隆寺の謎」

というのを一気に読みとげました。
法隆寺や太宰府天満宮が祀っている
方を鎮魂の意で建てられた寺や神社が
日本にはあるという大胆な仮説でした。

なるほど、思い当たるのは歴史書を
みても多々ありますが、
沖縄には「鎮魂」とゆーのは縁がないもの
だと思ってましたので驚きですねー。

私は個人的には、琉球のウタキも大和の神社も他の国の聖地の多くには元々は荒振る魂や神を鎮め、慰める、そして祀ることでその地の守り手なるということを思っています。(もちろんそうでない場もたくさんあると思いますよ。特に琉球は。)
祀りの現場に立ち会う時、その空間で歌や踊りや生まれることが多いですが、それはその場を浄め、空間を昇華していく役割があると実感します。音やリズムを五感で同じ場で共有することで一体感が高まり、人の魂も高揚します。何か見えない力に触れるようなことを感じる人もいるかもしれない。
荒振る魂は、そうなった理由が必ずあるはずです。
そこには人間の暮らしや、時間の経過や様々なことが関わっていて、人はその魂(神)に畏れや、反省や慰めといった思いを抱いて祀りを行うのではないでしょうか。そうやって魂(神)の心に近付いていく時間や場をもっていくことは、自然の恩恵の中で暮らす人間には大切なことのように思います。


 「粟国のイザイホー」という言葉の意味が良くわかりませんでした。
 まず、ニライカナイ(海の向こうのクニ)から神々を迎えるという祭りは少数派ではなく多数派であるように思えます…
 「粟国のイザイホー」というより「粟国のウヤガン」それとも「粟国の○○」…いえいえ、考えてみれば「(粟国の)ヤガンウユミ」以外の何でもないのでは、という気がしてきました。
 ま、この疑問は「レポ−トの続き」に期待しておきますね。

http://www.culture-archive.city.naha.okinawa.jp/top/main/show_dinfo3.php?keyvalue=40001000
というの、今見つけました。
 一種のユーモア、でしょうか。

 も一つついでに、私の大好きな劇映画の一場面。古老がこんな独り言を言います「ごじらかもしんねー」。大戸島ではあらぶる神を神楽で鎮めてきたのです。それは海の底からやって来るのでした。

ハッスル部長>
久米島と同じ、西側にある島でのお祭りです。
沖縄周辺離島では、珍しいですよね。

ところで聖徳太子にまつわる話ですね。
機会あったら、いつか読んでみたいですが、
最近は、そういう時間がなかなか足りないですね。

ちかさん>
僕もその自然の恩恵の中で暮らしているはずの人間ですが、
どうも最近、その恩恵を忘れがちに過ごしているような気がしています。
自分たちのほうが自然より上と、つい錯覚しそうな社会に過ごしています(自分たちも自然の一部)。
こういうお祭りからも、“ハッ”とさせられますよね。

このお祭りに出てくる荒ぶる神も、
諸説では、それぞれに理由があって、そのようになったようです。
いずれも人の怨念から出てきたもののようですが、
自然(地球)からの怒りなども噴出しなければいいのですけれど…。

ところで、うちの地域の聖地からは、今日も誰かが唱える祝詞が聞こえてきました。
はじめて聴く旋律で、しばらく聴き入っていました。

そういう音の響きの中にも、何かあるのでしょうね。

いさをさん>
先週、『玉城 -夏至の巻-』がRIKに掲載されました。
どうもおつかれさまでした。

ところで、今回の旅、友人3人とは、いさをさんもよくご存知の方々で、
“粟国のイザイホー”という言葉を耳にして気になった3人が集い、旅に出かけてきたわけです。(このキーワードがなければ集結しなかったと思います)
しかし実際には、イザイホーとは違うものでした。

しいて言えば、比嘉康雄さんの著書からお借りしたことばで、
“久高島も渡名喜島も粟国島も、招請神は主神他数神である”というところに、久高島の祭りと類似性があるともいえます。

渡名喜島行きを計画した時
比嘉康雄さんの
「神々の古層」⑦
~来訪するギレーの神
     シマノーシ[渡名喜島]~
・・・を読みました。

この人の仕事は一カメラマンを
越えたものがありますね。
写真集なんかじゃーない
一級の民俗学資料です。

    (つのい いちろう)

  

 KUWAさん有難うございます。RIK見に行きますネ、早速!!

 一月近く前でしょうか、「粟国にもイザイホーがある」というようなフレーズを複数の人の口からきいて、私は「イザイホー」と呼ばれている祭りが複数あったのか、知らなかった〜、でも合っても不思議じゃないかも、という具合に全くの勘違いをしてしまっていたのです。いえ、勘違いしていたことに気付いたのは、昨日これを読んだ時です。
 早とちりを反省するとともに、だれが言い始めたフレーズなのか、人騒がせな、とも思ったわけです。比嘉康雄さんの著書が発信源なのですか……ヤヤ??これも私の誤解?正しくは「発信源」なのではなく、誤解のきっかけを作ったに過ぎない???

ゴメンナサイ・・・。
粟国島の話題でしたね。
粟国島は「ナビィの恋」ツアーで行った
楽しい思い出の島です。
その時は、映画の出演者と
賑やかに過ごしてきたので
神秘的な空気に触れることが無かった。
神事をスケジュールに入れた旅も
沖縄を知るには必要かも・・・。

    (つのい いちろう)

つのい いちろうさん>
確かに。比嘉康雄さんのお仕事は、
カメラマンを越え、その作品は、貴重な記録として残っていますよね。
(それも、各島々の祭祀を!)

その仕事ぶり、といいますか、その実績を作られたことを、
とても尊敬しております。

いさをさん>
いさをさんの周辺でも、そのキーワードが話題に出ていたのですね。

このキーワードがあったからこそ、
島に渡って観て確かめてきたい、というきっかけになりました。

もちろん、イザイホーとは違うお祀りでしたが、
まったく共通点がなかった訳でもありませんでした。

もし気になることがあれば、実際に自分の目でみて・聞いて、それが一番かと思い、出掛けてきました。

そして、自分なりの発見もあり、それは大きな収穫だったと思います。

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