沖縄イメージはない
僕が撮る写真には、なぜか青い海や空も赤いハイビスカスもない。
いわゆる“沖縄イメージ”を撮ることに、ほとんど関心がない。
ただいつも、関心だけがシャッターを切らせる。
その関心の中に、そのような“沖縄イメージ”はないのか、
意識はしていないのに不思議とそこに焦点を合わせることはない。
カメラのファインダーを覗く左目だけでなく、右目も開こう、
カメラの目線では見落とすものが出てくるかもしれないから。
写真を撮りながら、そう思うのは、同時に記事も書かなければ
ならない理由もあるのだけど、物事の背景のもっと向こう側まで
をキャッチしたいという想いが、いつの頃からか湧いてくるよう
になった。それがシンクロした時にシャッターを切る。
そう僕はただ、関心を引き金に、そのシャッターを切るだけ。
それが何かはよくわからないけど、
今日のシンポジウムにそのヒントがあるのかもしれないし、
もっと違うことろにあるのかもとも感じながら。
■シンポジウム
「沖縄イメージと風景・身体・記憶〜海洋博から現在まで〜」
日時:9月2日(土)13:00〜18:00
場所:琉球大学50周年記念館
(琉大西原口〔病院側〕を入って左すぐ)
参加費:無 料
主催:シンポジウム
「沖縄イメージと風景・身体・記憶」実行委員会
共催:NPO法人 琉・動・体
プログラム
13:00〜13:15 プロローグ
司会:多田治 (社会学、一橋大学教員)
花城郁子(アート、NPO法人琉・動・体)
13:15〜14:15 第1部
「家族と地域社会の変容」トークセッション
パネリスト:
具志堅邦子(家族社会学、沖縄国際大学講師)
田仲康博 (メディア論、国際基督教大学教員)
大胡太郎 (日本文学、琉球大学教員)
14:15〜14:30 休憩
14:30〜15:30 第2部
「沖縄をめぐるイメージと表現」トークセッション
パネリスト:
新城和博(編集者、ボーダーインク)
中村晋子(映画・舞台制作、読谷村)
末永航 (美術史、広島女学院大学教)
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コメント
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なぁに言ってんの。撮っているのは沖縄だらけでしょ。まあ、JAL沖縄ツアー風でないことは確かだな。上等ですよ。
投稿: コロリ | 2006.09.03 01:21
撮りたいものを、撮るってのがいいじゃないですか。みんなが知らない沖縄って、もっといっぱいあると思います。そうゆうのを、撮るKUWAさんがいいです♪いまのまま、いい☆
投稿: kaoring | 2006.09.03 08:03
コロリさん>
そう、被写体は常に“沖縄”なんですが、
商用に使えそうなものは、8月はほとんど撮っていないですね。
なので、今月のRIKの壁紙は、僕の作品は1枚もありません(^^;)
そのかわり、PORCOさん、さにしゃさん、吉澤直美さんたち、RIKメンバーの作品をお楽しみくださいね(^^)
投稿: KUWA | 2006.09.03 21:52
kaoringさん>
メッセージありがとう!
僕の中には、“ディープ”っていうキーワードは無いんですよ。(意外に思うかもしれませんが)
だから、“みんなが知らない沖縄”を撮っているつもりもまったく無くて。
もっとしっかりと存在しているんですよ。
そこに写る沖縄は、きっと忘れてはならないものなのかもしれません。
投稿: KUWA | 2006.09.03 22:00
「"みんなが知らない沖縄"を撮っているつもりも全くない」って、いいフレーズですね。支持します。
こういう表現をこれからも積極的に検証して行かなくては。
一体、僕の視線(視点)はどこにあるか、常に問うて問うて問うていこう。
投稿: いさを | 2006.09.07 00:32
いさをさん>
視点をどこに定めていいのか分からなくなるほど、
沖縄は大きくて深いですよね。
「“みんなが知らない沖縄”を撮っているつもりも全くない」というのは確かなんですが、
そういうふうになってしまっているのも、
“売り(商用)の沖縄”のイメージが強かったから、見えにくくなっているだけで、
そもそもは、そこに元々あったもの。
それに焦点をあててみようと、そこから見えてくるものがあるのではないかと思っています。
投稿: KUWA | 2006.09.07 10:07