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2006.12.30

まぼろしの島へ。

柳田國男の著書の中で、五島の三井楽から北へ10里のところに
あったと伝承されている幻の島、高麗島のことが書かれています。

おもいがけない展開から、
その伝説の島の痕跡を、まさか実際に訪ねてみることになるとは。
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伝説とは、昔、その幻の高麗島には、
霊験あらたかな地蔵が祀られていて、
ある日、島の信心深い人々の夢枕に出て、
「地蔵の顔が赤くなった時は大難の知らせ。
 この島から逃れること」と告げられたのだそう。

しかし、大半の人々はそれをあざ笑い、
心ない者が、わざと絵の具で地蔵の顔を赤く塗り、
逃げてゆく様を物笑いしようとしたところ、
島はたちまち海に沈み、
その直前に地蔵を持って逃れた者だけが生き残ったと言います。

その子孫が暮らす集落へと、訪れてみることになり、
さらには、その地蔵が実際に祀られているという場所にも
ご案内頂きました。
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扉を開くと、
首が異様に長く、小さな顔、
他にはまず見ることがない姿をした地蔵が
とても大事に祀られていました。

061230_3その子孫の家もまだ数軒残っており、
高麗島から持ってきた陶器も
かつては残っていたのだとか。

島が沈んだとされる一帯には、
時々、漁の網に、その島の陶器がひっかかってくることも
あるのだそう。

高麗島(コーライ島)は=蓬莱島(ホーライ島)という説もあり、
三井楽はかつてミミラク、沖縄でいうニライカナイを示す
ものだというのです。
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2006.12.28

国生み神話の島だった

イザナギ・イザナミの国生み神話に出てくる「知訶嶋を生みき、亦の名を天之忍男と謂う」と記載されている“知訶嶋”とは、小値賀島などが連なる五島列島のことだと知り、驚く。

『古事記』での大八島国生成伝説の知訶嶋が五島(値賀島)、
両児島(ふたご)が男女群島または小値賀島を示すのだという。
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十二代影行天皇の『肥前国風土記』にも、「第一の島・小近に(小値賀)〜、第二の島・大近に(大値賀)〜」と、九州を巡幸された際の五島(値賀島)の事が記されている。

五島福江島は、かつては大値賀島と呼ばれており、
のちに深江と改め、それが現代では福江となった下五島のこと。

さて、今回の島旅では、福江の隣島の久賀島に渡り、
その神話で神が降り立ったともいわれる
“上の山”(神の山)に。
そして、それを祀ったことがはじまりだともいう
折紙(降神)神社も訪ねてみることに。
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この神社は、それぞれ方言も違う14の集落が大切にしてきた神社で
1596年に伊勢神宮より、アマテラス(天照大神)の紙札を勧請
したといい、社名はそこからきたのだという話もあれば、
島の古老から伝承されている民話にも他の説が残っている。

国生み伝説のことは、
国選定無形民俗文化財の『五島神楽』の中でも、
それが表現されているという説もある。

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2006.12.27

ふたつの舞台にみる琉球

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同じ日【11/25】に、
同じ時間帯に同時に【国立劇場と】【シュガーホールで】、
ほぼ同じ内容で【287年ぶりに】再現された中秋宴。

これだけの偶然が重なった出来事を、
その両方ともレポートすることとなりました。

もちろん、どちらもすばらしい公演でしたし、
その驚きの偶然の重なりにも注目することになりました。

第15代王府おもろ継承者である安仁屋眞昭氏が
王府おもろを、行事の場ではないところで
歌ったところにも注目でもあり、

それは擬似的な冊封之宴に思われるところかもしれませんが
実際は、首長の交代のタイミングに行われたという偶然が
ある意味、冊封の儀式だったともいえるのかもしれません。

琉球の親にあたる国は元来どこだったのか、
今回、強く感じる出来事でありました。

↓国立劇場公演の『冊封之宴』:
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/from/chushuen/index.html

↓シュガーホール公演の『冊封之宴』:
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/from/chushuen2/index.html

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2006.12.22

王府公式行事で通る“神の道”

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今回は、文化協会からの公式カメラマンとして先輩と一緒に同行。
また、うまくまとめられるものなら、記事としてもご紹介したい。

後日、その先輩から、緊急連絡が入る。
「最後に通る神の道は、
昨年もそこの写真だけが飛んでいたんだが、今年も駄目だ。
どうしても其処だけは神々の許しが降りないようだ。
KUWAくんのは撮れているかね?」

首里王府公式行事のお水取りの道中に、
そのカメラマンが“神の道”と呼ぶ場所がある。

まだ、写真データを開いてはいないが…、
それもよりによって、蔡温松に囲まれた道のこと。

さすがに、もう何のことだか薄々気づいています。
どうかこれからも、シャッターを切らせてください。
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2006.12.18

神名アフリカーにて

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現在も、首里王府公式行事が厳かに行われている。

年越しの前に神名アフリカーにて
若水取りの行事が、昨日執り行われた。

一連の取材ともまたしてもリンクしてゆく。
国立劇場とシュガーホールで11/25に同時開催された、
287年ぶりに蘇った『中秋宴』の冒頭に歌われた王府おもろも、
今回の公式行事の中で歌われるほうがより自然なことだろう。

第15代王府おもろ継承者・安仁屋眞昭先生とは、
行き帰りのバスの中で、幸運にもお隣の席に座らせて頂き、
帰りもお疲れの中、様々なお話をしてくださった。

『おもろさうし』の安仁屋本についてなど貴重なお話の他、
ここ最近、琉球と中国とに関連ある取材が重なって
いることについて、助言を頂けたり。
「名護親方も、徐葆光も、蔡温も、ほぼ同じ時代を生きた人々。
 それは偶然ではなく、何かしら関連があることでしょう」

このことの意味はいずれ自分自身で気がついてゆくことだとして、
何よりも、この機会に恵まれたことに、感謝。
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2006.12.16

ヘドロから再生。パーントゥ・プナハ

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ヘドロの産井(ンマリガー)から産まれる来訪神・パーントゥ。
“産井(産川)がヘドロ”。それだけでも衝撃的な誕生は、
泥から花咲かせる蓮を連想させる。

パーントゥが誕生する前日にも儀式は行われている。
それが、スマッサリ。悪魔払いの行事となる。

集落には結界が張られ、その結界の中央には肉片が吊される。
次の日、その結界に張られた綱をパーントゥに巻き付けるのだ。
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そして、長老たちによるプナハは、この日だけでなく、
旧三月・六月・九月と年に3回行われている。
その締め括りとなり、無事年を越すための厄払いが
このパーントゥ・プナハとなる。

パーントゥは、琉球にしては珍しく男性が表舞台で司る祭祀。

ところが裏舞台での司は、しっかりと神女たちが行っていた。
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/matsuri/pantu/index.html
(今年のパーントゥのレポートはこちら)

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2006.12.14

初のウシデーク展

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ウシデーク(ウスデーク/臼太鼓)のことを、
豊年祭やシヌグ祭で拝見することはあっても、
その深い意味までを知る機会が今まで無かったのですが、

今年は、
平安座島のウシデーク、
石川市のウシデーク、
国頭村のウシデーク、
本部のウシデーク、
そして恩納村のウシデークを、
拝見することができ、

また、初となった『ウシデーク展』も開催され、
そこで取材としてお話を伺う機会にも恵まれ、
ようやく記事にまとめることができました。
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/matsuri/ushideku/index.html
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それらの祭祀で歌われている歌の中には、
『おもろさうし』にも残されていないような
古い古謡もあるようです。

その中に、古代琉球の歴史と魂が刻まれていることにも注目です。
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2006.12.12

名護親方から47の黄金言葉。

最近何かと巡りに巡ってくるのが、
琉球と中国の関係のことばかり。

先日は、観光施設なのかどうかよくわからなかった
ある場所へとたどり着く。

駐車場から様子を伺っていると、その関係者が近づいてきた。
ここは何の施設なのかを率直にたずねてみると、
中国から帰化した久米三十六姓の程順則(名護親方)の黄金言葉
が書かれたものが施設内に並べられているのだという。

また、辿りついてしまった(!)と思いつつ、
「ご案内しますよ」とご丁寧にガイドまでして頂くことに。

このかたが、本日のスーパーガイドだと気づいたのは、
「お客さんに話すのは初めてですが」と、
伺った旧姓から、この人もまた久米三十六姓の末裔と知る。
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その施設は2階建てで、名護親方こと程順則の47の教訓が
木の板に刻まれ、壁に吊り下げられていた。

胸にある鏡 朝夕思い詰みり
 塵積むてからや 磨きぐりしや

「胸にある鏡(心)をいつも磨きなさい。心を磨く事とは、毎日の言葉遣いなどを反省することから。小さくても“塵が積もる”ということは“悪”が習慣化してしまう。“習慣化すると修正は難しくなりますよ”」

絵書き字書きや 筆先の飾り
 肝の上の真玉 朝夕磨け

「人間の心は、言動など表面に現れる。また、絵画や書道(など芸術に限らず日常の表現)であっても、心が込められていなければ、単なる筆先の飾りとなってしまい、鑑賞の価値さえも失ってしまう。本当の人間の飾りとは(表面だけでなく)真心であるから、朝夕心を磨きなさい」

 と、一貫した教訓が並べられ“まるで反省室”のその道順も
 2Fから1Fへと降りてゆくのだから、胎内くぐりのよう。
 47の黄金言葉を浴びて、地上に降りるんですよ。
 つまりこれは心の禊ぎだなと思いながら、再生へ。

そしてその教訓が書かれていた板が、
なんと“蔡温松”だということを知る。
それにもまたとても驚かされた。
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2006.12.10

(奥)の細道。そこに伝統の姿

沖縄初の共同売店がちょうど100歳を迎え、
それをお祝いする式典があると伺って訪れた
沖縄最北端の国頭村・奥の集落。

この集落の拠り所となっている共同店の話、
百周年を祝った日の様子は、RIKの記事でご紹介させて頂いた。
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/from/okukyoudou/index.html
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さて、雑誌カラカラ別冊『共同店ものがたり』にもとりあげられた
字誌『奥のあゆみ』に掲載の次の言葉が印象的。

「山は我々の祖先が子孫のために築いてきた遺産である。
 山稼ぎをする人にのみ利益を与えることは
 祖先の意に添うものではなく……」と、
  主な産業であった薪や炭を生産者から共同店が手数料を
  頂き、集落で共同管理していた様子。

沖縄の伝統的な村落共同体の姿が
本土復帰後も残っていたことは貴重でもあるし、

“地域の土地は先祖が残してくれた地域の宝”というその精神は
今の世の中だからこそ、大切な言霊ではないかと。
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2006.12.08

土地は“預かりもの”。その感謝の儀礼ウスデーク[+追記]

祭祀の意味を、誰も教えてくれなかったというよりは、
発祥から何百年も経っていて、誰もおぼえていなかった
というのが現状のようだと、学者のA先生。

北部から南部までのウスデーク(ウシデーク)を
かなりの年月をかけて調べてゆくうちに、
踊りはもちろんのこと、衣装から装飾、
そして、その楽器(ちぢん太鼓)の、さらにはバチにまで
ひとつひとつ意味があることがわかったのだそう。
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例えば、写真にもあるように、
赤いバチは、それは“魂”を打ち鳴らしているのだと。

鉢巻にも意味があり、
それをつけた婦人たちが、祭祀の時には巫女となり
彼女たちを神々の寄りしろとして、
神アシャギに降ろすの役割を果たすのだという。

なぜ、降臨させ、そして祭り(祀り)をするのか。

もちろん今でも、“豊年万作”“子孫繁栄”などを
豊年祭などで祈願している地域は今も確かにある。

目的は同じだが、かつてはひとつひとつの舞いにも
その動作の意味をよく知った上で、
しっかりと祈りが籠められていたものだという。

なぜ、祈るのか。

同じ土地に、何度も作物を植えつけると、
その土地は弱くなっていくことは、
家庭菜園などを経験されたかたはもちろん、
一般的にもよく知られていることだと思います。

「琉球の王様も一年に一度、太陽のチカラを浴びたように、
 土地にもチカラを呼び戻すため、一年に一度は
 集落の土地にも、祈祷を行っていたものなのです」

土地とは、先祖代々、そのさらに先には、神々からの
“預かり物”だという解釈。
台帳には、所有者や名義人がはっきり記されていたとしても
あくまでも“この大地を預かっている”のだと。

その大地への神々に、命をつなぐ作物が実る感謝を捧げ、
祀ったという、先人たちが昔から行ってきた儀式の、
その意味までを気づき、
これからも、しっかりと受け継いでいかなければ、
ならないようです。
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 追記(12/8):
 雑誌『うるま』の今月号にも、
 ウスデークの記事が掲載されていました(p64)。
 シンクロしています。なかなか興味深い記事ですので、
 こちらもあわせてご覧ください。

2006.12.04

誰も教えてくれないウスデーク

“「ウスデーク」のシンポジウム”と聞いて、
こんな珍しい機会を逃してはいけないと、
初日は別の人に取材をお願いしてでも“記録したい”と思った。

2日目もライターさんに同行してもらい、講演も終わり、
A先生へのインタビューも一通り終了したあとのこと。

「でもね、本当の意味はもっと奥深い深いのよ」
 と、先生がつぶやいた“その一言”を聞き逃さなかった。
「ぜひ、そこを(その先のお話を)伺いたいのです!」
 と、カメラ担当だった僕が、すかさず申し出た。
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先生のお話では、
「そもそも、ウスデークはイベントではなく、神行事。
 なので、ウスデークの舞いには、
 たとえば、足運びから、手の振りまで、
 実は、意味のある動作が多く含まれている」とのこと。

それは、あるチカラの込め直しとなる、とても大事な
儀式なのだという。

それが、今では形骸化してカタチだけになっているとのこと。
舞っているご本人たちでさえ、その意味がわからずに
ただ踊っているのが実情だという。

「このことを、何故かどうしても知りたかった。
 でも、誰もおぼえていなかったから、
 それが調べはじめるキッカケとなったんです」
  という先生の口から次から次へと出てくるお話に、

鳥肌が立ちましたと、同席していた人がぶるぶる震えだした。
 (後編に続く)

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2006.12.03

[追記12/10] 終わらない孔子スパイラル

その仕事(中国関連本)は、なぜか終わっていなかった。

“修正したはずなのに、直っていない”というページが、
300ページ中、それもなんと大部分ものページが?!
まず、現実的にありえない。

それが不思議だと思ったのは、更に三度も修正したはずなのに
何故かまったく直らない現象が起こった。
それが次の一行。
「孔子の子孫でもある……」
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一息入れるために、
仕事仲間たちと夕食に出掛け、清算レジで振り返ると、
そこに孔子像が祀られていた…。

12/11更新:終わらない話のはじまり?

--12/11更新『終わらない話のはじまり?』--

夏から続いていた、本の制作の仕事が
やっとひと段落したかのようだったが、
まさかまだ続きがあるとは知らず、
納品完了のあとの開放感で港へ。
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その港には桁外れのスケールの大きな船が停泊中だった。
従業員だけで450名も暮らしているという超大型客船で、
台湾と行き来しているのだそう。
そういえば、制作していたのも、中国系の歴史に関連する本。
最近、何かと中国とは、クロスするものが多い。
ご縁というのか、またはこのつながりは……?!

※この話には続きがあった。
 →追記『終わらない孔子スパイラル』に続く

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