国生み神話の島だった
イザナギ・イザナミの国生み神話に出てくる「知訶嶋を生みき、亦の名を天之忍男と謂う」と記載されている“知訶嶋”とは、小値賀島などが連なる五島列島のことだと知り、驚く。
『古事記』での大八島国生成伝説の知訶嶋が五島(値賀島)、
両児島(ふたご)が男女群島または小値賀島を示すのだという。

十二代影行天皇の『肥前国風土記』にも、「第一の島・小近に(小値賀)〜、第二の島・大近に(大値賀)〜」と、九州を巡幸された際の五島(値賀島)の事が記されている。
五島福江島は、かつては大値賀島と呼ばれており、
のちに深江と改め、それが現代では福江となった下五島のこと。
さて、今回の島旅では、福江の隣島の久賀島に渡り、
その神話で神が降り立ったともいわれる
“上の山”(神の山)に。
そして、それを祀ったことがはじまりだともいう
折紙(降神)神社も訪ねてみることに。

この神社は、それぞれ方言も違う14の集落が大切にしてきた神社で
1596年に伊勢神宮より、アマテラス(天照大神)の紙札を勧請
したといい、社名はそこからきたのだという話もあれば、
島の古老から伝承されている民話にも他の説が残っている。
国生み伝説のことは、
国選定無形民俗文化財の『五島神楽』の中でも、
それが表現されているという説もある。
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コメント
大変久しぶりです。
自分,もはや沖縄とは全く縁がない生活を送って早半年以上。
久しぶりにここを見て,沖縄を撮ることに熱を上げていた(といっても中途半端限りないレベルでしたが)少し前の自分をやや懐かしく振り返りました。
記紀に云う第十二代天皇(大王)のオシロワケ大王(景行天皇)は,九州にまで大和政権の勢力圏を大きく西に広げた大王だと伝えられていますね。史実かどうかは別として,畿内とその周辺しか支配していなかった大和政権の版図を大きく広げて,いわゆる「大和朝廷による日本統一」を成し遂げた大王として記紀では描かれているようです。
九州各地や関東各地にも,息子のヤマトタケルとともに色々な伝説が残されています。
kuwaさんはきっとこれからも沖縄でさらに大活躍されることと思います。頑張ってください。
投稿: KI | 2006.12.28 20:45
KIさん>
ご無沙汰しております。
第十二代・景行天皇の補足情報をありがとうございます!
これは五島列島を旅してきた時の記事ですが、
沖縄にいても、五島に立ち寄っても、
同じように情報を頂き、
同じような活動ができることに、
感謝の日々です。
これからも沖縄から、またどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: KUWA | 2007.01.03 09:28