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2007.02.26

辺野古。もし、そこが気になるなら。

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最近、新聞やテレビなどで取り上げられている辺野古(名護市)、実際に行ったことってあります?
案外、なかなか足を運ぶ機会がないかもしれませんよね。そんな自分も、恥ずかしながら実際に訪れたのは数年前。

そう、何か“きっかけ(機会)”がないと普段は訪れることがない場所ってあったりしますが、今回、絶好のキッカケをつくってくれたのが、24日(土)、25日(日)の2日間に渡って行われた『Peace Music Festa 辺野古'07』。

昨年、うちなーレゲエの祭典として、辺野古でスタートしたこのイベント。レゲエのメッセージ、ストレートで強いね。すぐ隣の米軍基地にまでその熱いハートが届きそう。あと、リズム。辺野古の海辺の雰囲気とマッチング。

そのイベントを見に来ていたDUTY FREE SHOPP.の知花竜海とカクマクシャカの安村磨作紀が“ぜひ、次回は僕たちも参加したい!”と宣言したことが“きっかけ”となり、レゲエだけでなく、ロックにワールドミュージックまで幅広いミュージシャンが集結。それを観に、若い人たちがそこに集まることができました。

もし、自分の中で気になる場所があったらまずは訪れて、実際に見たり聞いたり、そこから感じ取ったものがきっと出発点。

近日中に、RIKレポート記事を掲載予定!
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2007.02.25

拝啓、稲嶺一郎殿。

最近、直感が冴えている。

「やんばるでぜひ行ってみたいところがあるんだけど」
という金城さんのお誘いに、
道中、“そこに行く意味がどうやらあるようだ”と感じ、
思わず、「今日のお誘いありがとう」と
まだ到着もしていないのに、つぶやく。

知らず、辿り着いたところは、
沖縄を代表する実業家の
故・稲嶺一郎さん(稲嶺恵一 前沖縄県知事の父)が、
沖縄の農業発展のために、経営・研究なさっていた
沖縄の近代農業の発祥地だった。
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磁場エネルギーの強いところを開拓し、
沖縄のたんかん、シークヮーサーや、薬草類を
農業生産できるように研究、苗作りを行い、
それを農家に株分けしていったという
県産柑橘類の原点ともいえる場所。

また、稲嶺一郎さんといえば、
琉球の精神文化をとても尊重されていた方でもあり、
実業家でありながら、経済と精神世界とのバランス調和を
尽力されてきたかたとしても知られる。

現在、その志を受け継ぐかのように、
稲嶺積さんらが、“ひとつ先の理想郷”を作ろうとしている。

もちろん、周辺地域との調和もとても大切にされていて、
この日も、隣の集落の婦人会の方々などが視察に訪れていた。
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“ひとつ先の理想郷”とは、
経済ばかりではなく、沖縄の精神文化も尊重し、
両方のバランスを調和がとれた社会の実現を
まずは、小さなコミュニティーからはじめようとしている。

拝啓・稲嶺一郎殿、ようやく辿り着きました。
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2007.02.21

首里城を造った人物の宗家で御座楽

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地元で人気のラジオパーソナリティーで名司会者の
大嶺正廣さんが、偶然を超えたような巡り合わせで、
「身震いしました!」と思わず言ってしまったのは、
彼が名付けた伝統文化発信基地“やがま家”の赤瓦家が
首里城を造った偉人・田場大工のむーとぅー家だった
ということ。

そこで、琉球王府時代に特別な儀礼で演奏されたという
室内楽『御座楽(うざがく)』が披露された事に意味深く思う。
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/from/tida/index.html

御座楽のメンバーには、久米三十六性を先祖に持つ方も。
この赤瓦家『てぃーだぬ やがま家』の主宰者もそのひとり。
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よくみると、御座楽の復元に尽力された比嘉悦子先生自身も
楽器を担当。そして中国出身の二胡奏者を伴奏に
独唱までされるというシーンはなかなかお目にかかれない。

首里城を造った人物のトートーメーを前にして、
王朝の特別な儀式音楽『御座楽』が奉納されたことになる。
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2007.02.18

旧正月に黄金色の幸運

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旧正月の元旦は、天気予報では曇りというけど、
やっぱり初日の出を拝んでみたい。(晴れるといいな)
お正月の朝日を浴びてまた1年を健やかに過ごせますように。

天気予報は信じず、朝日が昇るはずの東海岸へ。
特別、晴れるような願掛けなどはしなくても、
幸運なことに、黄金色に輝くご来光を頂くことができた。
(この輝きをみなさんにも、おすそわけ)

お正月の朝は空気がいつになく清々しい。
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そのあと、初詣には東海岸のある地域へとお参りに。
日頃の感謝とご挨拶、そして
平和な世(弥勒世)を祈願した後、
地元の方々がいらっしゃり、その雰囲気から
これから村をあげての旧正月の拝みがある様子。
あきらかに地元の方々しか集まらない大事な場なのに
幸運なことに、見学と撮影の許可を頂けた。
「但し、霊石は写さないこと」厳守。
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村をあげての拝みのあと、地域の守り神に奉納したのは、
比嘉ノロさん自身による琉舞。
それを拝見させて頂く機会に恵まれ、感謝の年始めです。
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2007.02.17

大城美佐子バイブル

070217「“ウムイ(想い)”が入らないと心から歌えないもの」と、それをとても“大切に”しているからこそ、その言葉。

ステージで歌うという現代のスタイルにも慎重で、これまでもレコーディングを積極的には行ってこなかったのも、
その一貫した姿勢の中に、大御所唄者・大城美佐子さんの本当の姿が見えてくる。
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/speak/omisako/index.html
「相手の事を唄う時は“話しかけるように”。
“歌は語り”ですよ。
“ハートに通じるよう”に唄うのよ。
“先輩を大事にして後輩をいたわって、親を敬ってという気持ち”が音に通じるの。
 それが一番大事。」

彼女の語りに、ひとつひとつの黄金言葉(くがにくとぅば)に、ぜひ耳を傾けて。

追伸;そして昨日、同じ媒体(RIK)の中に新作について、もうひとつの意見も掲載しました。
少々手厳しいコメントに感じるかもしれませんがあくまでも一つの意見として。
またインタビュー発言されたメッセージを汲み取った記事もまたひとつのものでしかありません。

彼女の“ウムイ”とは。

この10年ぶりに録音・完成に至ったアルバムから、実際に“何を感じ取るか”それは聴き手のもの。それぞれに、その“ウムイ”を感じ取って頂けたらと思います。
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2007.02.14

安富祖貴子のふたつの“魂”

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元々、ジャズシンガーではなかった安富祖貴子さんが
ジャズに転向し、その1作目から高い評価を受けている訳は?
彼女の歌、もしどこかで耳にしたら
なぜ、彼女の歌が支持されるのか、その理由が
理屈を超えて、あなたの魂に共鳴するかもしれない。

1st『魂』、2nd『マブイ(魂)のうた』、どうしてタイトルが
ほとんど同じなのか、それも歌を聴けば至極納得できるかも。
http://okinawa.rik.ne.jp/contents/okinawa/speak/ahusotakako/index.html

今回、撮影場所に選んだのは、
あるカトリック教会から正式に許可を頂いての撮影。
以前からリゾートホテルのチャペルで歌うことがあったらしい
けれど、カトリック教会に入るのは初めてだという彼女、
「いつもとは、ぜんぜん雰囲気が違うわ」
さすが、聴き手の魂を揺るがすアーティスト、
そこが本物の“場”と感じ取れるらしい。
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2007.02.10

尚寧王から尚泰王までを支配したもの

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尚寧王から最後の王・尚泰まで、歴代の琉球の王が
薩摩から書かされ続けた『起請文』という呪詛によって、
領土だけでなく、精神までを支配したという凄い話です。

その『起請文』に使ったといわれる牛王神符には
『八咫烏(やたがらす)』という霊鳥が描かれており、
神武天皇が東征の際に、熊野の道案内をした三足の烏。

また、時は秀吉の時代。朝鮮侵攻の際、
琉球は朝鮮王朝との友好関係が深かったため、
それに協力しなかったことを言いがかりに、
のちに薩摩藩(島津)は、1609年に琉球を侵略。

ここで熊野権現の“八咫烏”の護符が利用されました。

“沖縄になぜ神社(琉球八社)で、なぜ熊野権現なのか、
 そしてそれが何に利用されてきたのか…”

島津は源氏側(曹洞宗)で、平家由来の熊野(真言宗)とは無縁。
つまり薩摩は、琉球の王家が熊野との(紋章も同じ)深い繋がり
があることをよく知っており、熊野権現のその護符に
誓いを立てさせ、呪詛に使い、
その心までをすべて支配したことになります…。
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2007.02.09

王家への呪縛

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以前、なぜ沖縄に神社があるのか?
なぜ、琉球八社は熊野権現なのか?
それを知りたい、と思いはじめてから1年程経つ。
(また、どうしてそんなことを知りたいのだろう?)

自分の出身である五島は、壇ノ浦の合戦のあと
平家盛(平清盛の弟)が渡ってきて代々島を治めてきた
という伝承が残る島。
また、奄美・沖縄にも平家の者たちが渡ってきたとも。

源為朝の息子と云われる舜天王は、実は平資盛だった
のではないかという説も。
(資盛の兄は、平清盛の嫡孫の平維盛)
平資盛については、奄美の喜界島に流れ着いたという
伝説もある。

何より、平家由来は熊野、ということに注目。
その時代、熊野から南方捕陀落浄土を目指し
琉球に流れ着いたのが禅鑑和尚で、
英祖王が手厚く保護し、浦添に極楽寺を建立したと云われる。
琉球の王家と熊野権現との関わりはその頃からか。

熊野三山の神社紋は、どこがどう偶然なのか
琉球王家・尚家の紋章と同じというところにも注目したい。

さて一方、1609年に琉球へ侵攻した薩摩の島津家は、源氏。
なのに、琉球侵略の際、尚寧王に書かせた『起請文』は
平家に縁のある熊野三山(三神)のシンボルが描かれた護符を
あえて使い、それに呪詛をかけた。

最後の王・尚泰の即位の頃まで、
熊野の護符の上に『起請文』を書かせ続けたという。
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(参考文献:『起請文』の呪縛を解け)

2007.02.07

朝日新聞の1面に掲載されました

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御願ハンドブックの著者Hさんからの突然の電話は
決まって何かの“タイミング”だったりする。

大手新聞社の朝日新聞が、“沖縄の心”をテーマに
記者が取材を続けているらしく、
沖縄の聖地巡りについて具体的に紹介できるところはないか
ということで連絡が。
かつて、地球の歩き方MOOK『沖縄で過ごす一週間』で
聖地巡りの取材をしたことがあったが、Hさんは
それを知って電話をくれた訳でもなく、
いつものように“超・自然の流れ”で。

記者のかたはまた偶然にもその『地球の歩き方』増刊号の
僕が書いた記事を読んでいたらしくて話は早かった。

具体的に紹介できるところ、それは、
今年の元旦に“タイミング”でようやく出会うことができた
ある神人さん達がはじめたという
本格的な『聖地巡り』ツアーのことがすぐに思い浮かんだ。
http://www.cafoonamun.jp/k1.html
記者さんとじっくり話してみると、真面目に取り組んでいる
ことが伝わってきた。
しばらく話し込んでいたことが、実際に記事になると驚く。
第1面に大きく扱われた記事(2/3夕刊 九州版)で、それも
最後の締め括りのコメントとして扱われていたからだ。

序章。ここからはじまる。
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2007.02.05

縄文のストーンサークルを訪ねて

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日曜日まで開催されていた、
『ストーンサークル出現(縄文人の心、環の思想)』
 という新安中市誕生記念の企画展へ。

きっかけは、となり村の博物館で、
『卑弥呼の戦争と平和』という冊子を入手した際に
情報を入手。
ちょっと縄文まで遡るけど、ストーンサークルが
なぜか気になってしまう。

安中市には天神原遺跡など縄文時代からの遺跡があり、
その中でも今回は、平成に発掘調査された野村遺跡へ。
企画展の学芸員のかたに道を教えて頂き、
実際に現地へと足を延ばしてみることに。
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そこは安中榛名駅前。
新しく住宅地を開発するにあたって遺跡が発見され
調査はされたものの、そのあと結局、
埋められてしまったようだ。
なんてもったいない話。

皮肉にも、1500年前も同じ場所に
環状住宅があったらしく、再びその場所を埋め立てて
新興住宅地となって現代に蘇る?!

せっかく歴史的な史跡が見つかったのなら、
それをなんとか保護はできないのだろうか?

昔からずっと手付かずの土地は、
地域で先祖代々護ってきた“大事な場所”だったのでは…。

何を大事にして、何を大切に継いでゆくべきなのか、
その選択が間違っていないことを祈りつつ。
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