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2007.06.30

多良間島の祭祀にふれる

石垣島と宮古島の中間に浮かぶ多良間島。
『多良間の八月踊り』と並ぶ2大祭祀のひとつ『スツウプナカ』。
そのタイミングでようやく多良間島へと渡ることに。

島に入って「まず最初にお参するところはありますか?」と、
島のガイドの方(仲宗根豊見親の御子孫)にご案内頂いた場所が
多良間神社と運城(ウングスク)。
運城の敷地に入場させて頂くと、頭部右側に大きく合図が。
「これから祭祀スツウプナカを取材させて頂きます」とご挨拶。
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そのあと、東の空に虹。さらに北東にも虹が。歓迎を感じた。
後で運城が多良間の御嶽群の中でも一番位の高いところと知る。

すべてのお陰さまで、スツウプナカについても、
深い所にまで触れさせて頂きました!
Tarama2b
・ある集落の老人座で神歌を練習している所に辿り着き
 資料に記載されているのとはまたちがう生の神歌(ニル)
 を聴かせて頂く機会に恵まれたり。
 (歌詞集をお借りすることができたり)

・また別の集落では普段は鍵が掛かっている大事な聖域
 にある井戸の奥までご一緒に降ろさせて頂いたり。
 (この井戸の聖水で、神酒を造っているんです)

・ほかの集落では、祭りに必要な魚を捕る追い込み漁を
 体験取材させて頂いたりと、
 大変貴重な機会を頂くことができました。皆々様に感謝。
 のちほど詳しく記事でご紹介させて頂きます。

取材旅の最終日、普天間御嶽へ。
ここは本島の普天間宮とも縁のある聖地で、
本島に無事戻るには意味があると思い、ご挨拶に伺うと
前日に祭祀に参加していたツカサ(神人)の2人と遭遇。
Tarama3
「あんた、ご挨拶にきたのね?」
「はい。無事取材が出来、そのご報告と御礼に」と告げると
なんと、有り難くもご一緒に参拝して頂くことになり、
線香まで立てて頂きました。

何事も“感謝にはじまり感謝で終わる”んですね。

またスツウプナカの起源も“感謝の大切さを忘れるなかれ”と
竜宮の使い(神の使者)が来島し告げた事が始まりとされる。

 多良間島へ「ありがとう」。(近日中に記事公開!)

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2007.06.25

答えは自分の中に +art work

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ポスターなどを描くため、
久しぶりに光のアートを表現してみることに。

PCソフトは一切使わない。

画家のvijay giriさんのワークショップで教わった方法と
自分なりの手法を掛け合わせて描いてみました。

「世界はイメージで出来ている」って最近よく耳にする言葉。
ひとりひとりが放つ言葉とか想いが世界を作っているって。
 だから、何を意識していくかがこれからは大事。

“答えは、すべて自分の中にある”がもうひとつのポイント。
内なる光を放射しながら循環させるイメージを表現してみました。

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2007.06.24

鳥肌シンクロ +art work

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この日はなぜか、何年かぶりにある曲を無性に聴きたくて、
劇場にゆくまでの間、うちの中でも車のカーステでも
リピートで何度も何度も繰り返し聴いていた。

映画ひめゆりには、余計な音は一切入っていなかったのだけど
はじめてスクリーンで観たときに冒頭に音楽が流れはじめた。
それがまさか、朝から何度も聴いていたあの同じ曲が?!
ここで流れてくるとは思いもよらず…、鳥肌がたった。

まったく同じ、マーラーの交響曲第5番第4楽章…。
すべてはタイミングだった。

なぜこの曲を選んだのかその理由を伺ってみたい。

「生と死、天と地を組み込んだ曲を使いたいと思っていた
んです。マーラーの交響曲第5番の中でも、
この第4楽章が魂の安らかさを表現する曲だったんです。」
 と監督。
「マーラーは、1901年からこの曲を作っていったのですが、
20世紀の混沌とした世界から、戦争が起こるような気配を
感じ取って、それを先取りするような鎮魂のようなもの
だったのかもしれませんね。」

何よりも大切な命というものを、大きさや形には表せないが、
「命どぅ宝。」という言葉がそれを表現する。

命は自分だけのものではないことを
art workで表現みることにした。
慰霊の日の前夜、夏至のこと。
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2007.06.23

ひめゆりの実像

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映画『ひめゆり』には、ナレーションも無ければ
テロップも無く、証言がひとつひとつ語られてゆく。
そして、感情を煽るような効果音なども一切無い。
あるのは真実の言葉のみ。

これまでのひめゆり学徒隊を扱った映画やドラマとは違い
フィクションな物語では無く、
あの時の少女たちが今この映画の中で語りかけているのは
“本当のこと”を継いでいこうとしていること。
その声を辿ると、見えなかった現実が映像になって鮮明に甦るかのよう。

13年間かけて撮り続けてきたドキュメンタリー映画の中にまだ“生きている”その声に、今、耳をかたむけてみませんか。
映画『ひめゆり』インタビュー

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2007.06.22

遠い渚へ (うるく巡りノート04)

明日、62回目の慰霊の日を迎える沖縄。

集落を旧日本軍に接収され、
戦後は米軍に、日本復帰後も自衛隊那覇基地として国有地化
されてしまった地域が、小禄の集落の中でもいくつかある。
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古里へ帰るには、許可書申請などいくつかの手続きが…。
先祖が祀られ地域を護ってきた聖地へのお参りも、
公民館の屋上に作られた拝所から遙拝し
古里へとウトゥーシしている。
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あの時の戦争は、終わったつもりになっちゃいけない。

癒しの島は、今もまだ、癒されきれていない島。

旧集落のハーリー唄で癒しておくれ。遠い渚へ。
http://ryuqspecial.ti-da.net/e1618031.html
(地バーリーのハーリー唄は関連取材記事にて)

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2007.06.19

大嶺の御願バーリー (うるく巡りノート03)

近年のハーリーでは競漕が主体となってしまっている地域
も中にはあるのかもしれないけれど、それが全てではなく
旧暦5月4日の海神祭のハーリーには欠かせないのが、
御願バーリー。

浜や集落を接収され、本来の御願バーリーが出来なくなって
しまった小禄の大嶺地区は、
御嶽で御願バーリーを行っている。

この御嶽を遙拝して故郷へとウトゥーシ(通し)、
区民の健康と豊漁祈願をとり行う。
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そして、船に乗って渡ってきたと云われる土帝君神を祀っている拝所もここに確認することができた。

だが、先の沖縄戦で木像の土帝君は焼失し、
今は祠だけがそこにある。

しかも実際の御嶽があった場所は現在、自衛隊基地の中。

なにもかも、失ったかのよう。

しかし、目に見えるものだけがすべてではなく、
何も無いところに手を合わせている地域の方々の姿を通して
心の中にそれは今も息づいていることの意味を知る。

その伝統(魂)までを焼失することは決してない。
大嶺の子孫の方々にその精神はしっかりと宿っていた。

※大嶺の地バーリー特集(ryuQ)
http://ryuqspecial.ti-da.net/e1618031.html

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2007.06.18

地バーリー (うるく巡りノート02)

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今日は旧暦5月4日(ユッカノヒー)。
旧暦のハーリーといえば、糸満ハーレーがよく知られる。
その糸満ハーレーよりも、古い歴史を持つ
といわれるハーリーが小禄にあった。
それも小禄唯一のハーリー。

しかし字誌には、明治19年からとしか書かれていない。
これは紙の記録が残っているものが
そこまでしか遡れず、そう記したのだそうだ。

ところで、ハーリー(爬龍船)とは
もともとは中国から渡ってきたともいわれる。
しかし渡ってきたのは、船だけではなかった。
土地の神、農耕の神・土帝君も一緒に。

その土帝君を最初に爬龍船に乗せて海を渡ってきたのが
小禄の大嶺なのだという。

古い魂の眠る小禄を辿る旅は、これからもまだまだ続く。
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2007.06.16

うるく巡りノート01:安次嶺の殿から見えてくるもの

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この『安次嶺の殿』のアーチの向こうに何が見えますか?

空洞となっていて、望めるのは青い空と那覇空港に続く道、
その向こう側には那覇の自衛隊基地がある。

本来の集落は、そちら方面にあるのか
つまりここは、今は無き故郷へとウトゥーシ(お通し)を
する場所。

振り返ると、安次嶺の獅子もまた古里を見つめていた…。

そう、この村の原形はもう残っていない。
目には見えくなってしまった場所を辿るには?

今回は小禄生まれ育ちのカミンチュの我喜屋さんにも
ご協力頂きながら、本来あった古い土地を巡る旅を
ご案内頂くことに。

村落獅子の後ろには、安次嶺集落内の各地にあった
拝所が、ここ一箇所にまとめられていた。

「人間の勝手な都合で、神の居場所を移そうとしても、
向こう(神)が納得しない場合もあるんです。
ここもそうでした。
あちら側に帰られてしまい、もうここにはおりません」

人間の都合で、自然(神)までもコントロールできる
なんてことは無いという。

人間様が何でも支配できるだなんて事のほうが
むしろ迷信なのかもしれない。
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2007.06.15

うるく巡り[ノート00]

古い魂の眠る宮古島を巡る旅も終わり、
しばらくは一段落するかと思いきや、
またスイッチが入りはじめた。
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ある取材案件で、何のご縁か小禄を調べることになり、
また、ここが古い地場でありながら、
先の沖縄戦で、その原形を留めているところが少ない。

もう目には見えない姿をどうやって辿るのか?
また新しい旅がはじまることになった。

古い魂の島、沖縄。その中でもまた
今はその面影がわずかな、その古い土地を訪ねて。
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2007.06.12

封印を解く。その4(この旅の終わりに)

「すべては自分の中に答えがある。」
 と、言われてもピンと来ないかもしれない。

どうも“頭の中にはなく”“心の中にすべてがある”ようだ。

その心(魂)でとらえた時、成し遂げなければならない場面と
遭遇する時もあるだろう。

今回、封印された古い魂の場所に気づき、
それを開放するため、ただそれだけの目的のため、
お金に余裕があるわけでも無いのに、宮古島へと日帰りで
魂の旅を決行した。

僕などは「せっかく宮古に行くなら無理しても2泊はしたい。
この機会に仕事までしてきたい」と思ってしまうものだが、

ただその目的のためだけに、魂の結びつきを感じて
わざわざ宮古まで飛んできて集まって下さった人たち。

しかも、ここに辿り着くまで、
様々な出来事を乗り越えての事。

だから、宮古島に入ってすぐ、感謝の言葉を頂けたり、
「よくここまで到達できたな」と次の地点でも
宮古の神から言葉をいただくと、感慨深いものがある。
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そうやって、最終目的地に着き、
そして成し遂げた時の感動。

この感動の為にここに辿りついたわけではないけれど
自分たちも救われた気がした。

自分たちが救われたいというつもりで来たのではないけれど
自分の中に封印されている奥深いものまで開放された。

そしてその直後に、
「これからもあなたに与えられた使命を全うしてください」
 と僕宛のメッセージを古堅さんが受けた。

与えられた使命とは何か、それを自分でも気づきはじめた。
でも、特定の人が特別に選ばれたということでもない。

みんながすでに特別な存在であるということ。
そこに気づけばいいみたい。

救世主なんて期待しちゃいけない。
一人一人が輝くのが大切なこと。
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2007.06.11

封印を解く。その3「封印する者」

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宮古島への魂の旅。もうすぐゴールも近い。
3つ目のエリアに入ったとたん、
がつんと頭部に大きなエネルギーが入ってきた。
そして次のメッセージが島尻さんに降りる。

「そなた達、いろいろと難があったのに、
 よくここまで到達できたな」

ここまで辿り着くのには、確かに
この場では語れないこともいろいろとあった。
直前には要の一人である金城さんさえも足止めとなりながら
宮古島には来られなくなっても魂は一緒にとでも言うのか
“心合わせ”をしてもらう。

大きなエネルギーに包まれた瞬間、
それぞれにお役目の光が降りたようだった。
ひとりひとり、その種類は違う。

「この意味は? そしてどう使うのですか?」と尋ねると、
「その色は“心”を表すの」と古堅さん。
「そしてあなたはもう無意識に使っているわ。それが大事よ」

もともと、人は役目を持ってこの世に生まれてくるという。
だから“特別”なことでも特殊な人間ということでもない。
みんな誰にもあって、あとはそれに気づくだけのことのよう。

答えは、いつもそこにある。

ただ眠っていただけのこと。
自分が自分を“封印”していたのだ。

心の奥の自分にすべてがある。
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2007.06.07

封印を解く。その2(水の記憶)

そして宮古への魂の旅は続く。

飛行機の中で啓示を受けた神人さんが、今回、
漲水御嶽の次に行くべき場所として告げられたという
酒田川へと向かう。

ここは、宮古唄の巡礼の旅で訪れたところでもある。
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この川の上流では、
「ずっとここで待っていた。
 そなた達の働きにより、封印が解けた」と、青龍から
  古堅さんへと感謝の言葉が降りてきた。

どれだけ、この川(水)の大切さが忘れ去られていたのだろう。

「この場所(そして水の大切さ)を忘れないでほしい。
 水の清らかさを人間は思い出してほしい」と、
  続いて島尻さんがメッセージを受けた。

水道をひねれば水は出る現代に、遠い昔を思う。
便利にはなったが、清らかな頃の水は今はない。

「海や川の環境の大切さを言う人がいるけど、その前に
シャンプーや洗剤から替えたり、まずはできることから
はじめてみたらいいよ」って、池間の海人さんが言っていた。

水は命をつなぐものなのに、
水のありがたさを自分も忘れかけていたかもしれない。

水は命。

すべての遠い記憶も水でつながっている。
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封印を解く。その1

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宮古島3日間の旅、うち2日間は目的のないはずが、
結局3日間とも、魂の旅となった。

今回の旅は、唄の巡礼の取材の途中、
古い魂の場所に気づいたのが始まりで、終わっていなかった。
それを判断してもらったところ、そこの封印を解くことに。

もちろん、自分にそのような特殊な能力が備わっているわけ
ではない。愛楽園の御霊上げをひとりで行おうとしたが
さすがに身体への負担は大きかった。けれど何とかしたい。
やはり今回は専門の方々のお力を合わせていただくことに。

宮古島に入る前に、ある人にはすでに飛行機の中で
これから向かうべき最初の地名がメッセージに降りてきた。
そしてそこに映っているものがみえたという。
「川が枯れている。そこは封印されているから」と。

その場所に入る前にこの島へのご挨拶は漲水御嶽へ。
漲水御嶽とは、宮古島の創世神が祀られているところ。
「この上なく、喜ばしいこと。ありがとうございます。
これからの祈りを心合わせ、よろしくお願いします」
 と、神人さんがメッセージを受ける。

漲水の御存在(神)から、逆に御礼を言われたという。
 こちらこそ、恐れ入ります。

心合わせ、
それがこれからの大切なキーワード。
 そうなりそうだと、感じ取った。
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2007.06.05

聖地荒し/神カカリャよりメッセージ

「宮古に来た理由はあとまわし」
と言ったように、
理由があとからわかる時がある。
理屈なんてなく、それを超えたもの。

宮古島の神カカリャ(シャーマン)としてよく知られる
根間ツル子さんの元には、
今では宮古諸島からだけではなく
沖縄本島や八重山からの相談者のほか、
本土や海外からも彼女をたずねてくる者が絶えないという。

だから、そう簡単には会えそうにないのは想像できた。
海人さんからも「まぁ、よっぽど運が良ければね。だから
こういうのは自分で直接電話したほうが“繋がる”かもね」

目には見えない“繋がり”というものはあるようで、
突然ながら、その日の夕方にお会いできることになった。

とはいっても、相談事は無いので、会話は流れにまかせ
こうやって突然お会いできたことにまず感謝しよう。
「そう、“繋がり”を感じて来られたと言うのね」

「最近、人の心に、神心が無くなってきていてね」
 と、根間ツル子さん。

その言葉に思い当たるのが、“聖地荒し”。
久高島のクボー御嶽荒らし事件のほか、最近では
壺屋の土地の神と、火の神を祀っているビジュルグヮーが
壊されている……。
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それも、その自治会の会長自らが判断して、
“地域の発展の為”と称して、聖地の左1/3を壊し、
焼き物関連施設(焼き物体験教室)を建てるのだという。

どこかの心ない開発業者が行っているのではなく、
地元の、しかもその土地を預かっているハズの長が、
この地域を何百年も護ってきた神の聖域を壊しはじめた。

「うっ、私の身体まで痛いよ……。」
 携帯にたまたま入っていた現場写真を視てもらうと、
「嗚呼。このままでは、この地域の繁栄は無くなるよ。
 この地域の子孫たちが動かないとこのままでは危ないよ」

「こんな事が沖縄で起きはじめるなんて、今後が心配です。
ここで、神様にあることを伺わせて頂いたんです」
 同じ現場でその直後に撮ったもう一枚の写真を視て、
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「神からあなたにOKサインが出ているわよ。
見て。ここまで削られても神は死なない。
しかしこれからが、この地域や子孫たちの試練ね」

この地域の人たちだけの話として終わるのではなく、
こういう大事な聖域が崩れてゆくとこれからどうなるのか。
見過ごせない事態が沖縄で起きはじめている。
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2007.06.04

池間島へ再び、宮古島へ三度

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とにかく、宮古島にゆくことになった。理由はあとまわし。

そして少しだけ旅程を前倒しにして、池間島へ行くことに。

空港に迎えにきた池間島の海人さんからの第一声が、
「KUWAさん、漲水御嶽にお参りしてゆきますか?」
と訊ねてきた事にとても驚きながら、はいと即答。

宮古の人が旅でまずお参りする場所でもあるから
それに驚いたのではない。
島に渡ったら、まずご挨拶を入れる必要のある場所に
お参りをさせてもらいたいと願っていたところだった。

あとでその理由を聞くと、もっと驚いた。
「頭と首のまわりに、ゾクゾクと合図がきてね。
 はやく“お参りさせなさい”って(笑)」

海人さんから、まさかそんなお話が出るとは。なぜなら、
前回お会いした時は、一言もそういう会話はしていない。

「いやぁ、俺のほうはそういう話になると思っていたさ。
電話予約を受けた時に、こっちはピンとそう思ったよ」

予約の際は「八重干瀬の件で」というように、
海の話しかしていなかったはずだった。

「この漲水御嶽で、はじめて出会った神カカリャは、
誰だったと思う?
いきなり、根間ツル子さんだったんだよ。
あれは驚いたね」

神カカリャとは宮古のシャーマンのこと。
その方のお名前はお聞きしたことがあった。
新潮社から出版されている『神に追われて』という
宮古の神々の強さを思い知らされる一冊がある。

このドキュメンタリー本の中で、
中心となる実在の登場人物が、
神カカリャと呼ばれるその人のことだった。

「もしかしたら、今回、会えるかもしれないね」
彼はそうつぶやいた。

何事もタイミング。偶然なんていうものはない。
必然な出来事としてしっかりとキャッチできるか
そのタイミングはなにも特別な事ではなく、
いつも誰にでも身のまわりに起こっているはず。

それに気づくだけ。

流れが合うのなら
“ぜひお会いしてみたい”と
心からそう思った。
……続く/沖縄の人気ブログ

2007.06.01

アコークローと雑誌『ムー』

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たまには、こんなこともある。

先日、沖縄初のホラー映画アコークローの取材があり、
監督へのロングインタビューの後日に、さらに追加取材
となったのだが、
これが再生してみると怪奇音ばかり。
そこにはノイズしか入っていないという現象。

ICレコーダーやMDレコーダーのようなデジタル機器では
たまにうまく動かないこともあるので、
アナログなカセットテープでの録音が一番安心だったりする。
ところがこれでも録れない時がある。
(先月なんて、録音スイッチを押しても…)

昨晩、アコークローの撮影班も泊まったという場所で飲み会。
ロケ現場にも近いところ。
そこでは、雑誌『ムー』の取材班ともご一緒することに。

その老舗雑誌で長年執筆されてきたライターの方にこの話をすると
「とくに『ムー』の取材では、よくある現象よ。
例えば霊能者への取材で、“はい、ここからです。来ました!”
という肝心なところから、雑音だけが鳴っていたり。
それも、録音中にヘッドフォンでは確認できているのに、
再生するとノイズしか入っていなかったり…。よく起こるわよ」

こんなアクシデントともうまく付き合いながら
日々誌面を作り上げていくベテラン仕事人たちから
アドバイスも頂くことができたのだけど、
結局は、記憶を呼び戻しながらの地道な作業となるのだ。
(だからと言って、勝手に記事を作ることはなく
 原稿は取材相手にも確認してもらい、OKを頂きながら)

こんなアクシデントの中から
再生していったロングインタビュー記事はこれまでにもある。
例えば……。

でもその話はまたにしよう。
これが「ほんとうの恐い話」だから。
沖縄の人気ブログ……

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