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2007.12.29

唄いおさめの日

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今日もまた、生演奏が聴けるカフェぽえむへと出かけた。
午後からの取材の前に、午前中はプライベートとして。

ピアニストの光史さんに採譜してもらった曲に、
今日は唄を合わせて頂けるという最高の贈り物。

唄う前にひと呼吸し、自然に次の言葉が。
「この場に、唄をおさめさせて頂けることに感謝」。

先週も、自然と言葉が次々に出た。
訪問させて頂く日の朝には、
「若人が大事な伝言をもって訪れる」
とメッセージを受けていたと、店主の通子さん。

また、最近“聖母マリア”がキーワードのPさんは、
Tさんが奏でるアウリスグロッケンの
“秘められた真実の音”といわれる美しい音色
による教会音楽をプレゼントしてもらうことに。
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このお店に巡り会えたことに感謝。
僕と店主は、5年前に通子さんの生まれ島で出会っていた。

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2007.12.27

「地球という名の母を知っている?」by.AWICH

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キリスト生誕の夜、十六夜。
久しぶりにカトリック教会のミサへとでかけた。

この日のミサで読まれた聖書の福音。
「はじめに言葉があり、言葉は神だった」

言葉。その使い方次第で“宿る”ものも変わる。
言葉のつぎに、そして行動もしなくっちゃ。

ところで、その最初の言葉を知っている?
「光あれ」

  雲の上に何が、ある?
  あるのは眩しい太陽の輝き、光がある。

「誰もが輝く光をもった子供だよ。それを伝えたい」
とそう語った当時高校生だったAWICHに本日再会する。

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2007.12.25

Silent Night, Holy Light(キャンドルの聖なる光に)

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きのうは、満月のイブ。
光を撮影した写真集『聖なる光』(監修:美内すずえ)を撮影した
奥聖さんの講演会を聴きにいった。

さて、公演の中で、きのうブログに書く際に降りてきた言葉と
まったく同じキーワードが語られた。

「太陽」と「水」。


そして最近のキーワード「農」。

帰宅したら、自然農法・福岡正信さんのビデオが
棚からぼたもちのように出てきた。
(そのVTRには10年程前の森岡尚子さんの姿も)


また同行したPさんは、聖母マリアがキーワードだった。
先日は何を思い立ったか映画『マリア』を観に。
そして奥聖さんの写真の中にも、聖母マリアのような姿が。
しかしそれは、偶像に対して「光ぞ!」と。

その晩、また夢をみた。
起きた瞬間、ほとんどが記憶から消えたけど、
一部映像だけが残像として残っている。

「いのち」「母」「地球」。


※本日のryuQ記事は「キャンドル」特集です

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2007.12.24

蘇り・再生の太陽と水

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22日の冬至が過ぎ、
23日は早朝から、“若太陽”を浴びる行事が
『中城グスク』(世界遺産/聖地)で行われ、取材に。
午後からは、“若水”を奉納する儀式が
『首里城』(世界遺産/聖地)で行われ、撮影係。

冬至の翌日というのは、
再生の第1日目。
今年はその日がちょうど日曜日で、日取りが重なった。

首里のYさんに、
朝は若太陽祭に中城グスクへ行って来たと告げて
中城で開催されたその行事の写真をみせると、
Yさん「大聖禅寺の梵鐘だね。」
KUWA「ぱっと見ただけで大聖禅寺の梵鐘とわかるなんて凄い」
Yさん「なぜなら、ここに(保管して)あったからね」
KUWA「今、立っているこの場にですか。なんという偶然!」
Yさん「KUWAくん、つまり“結び”だよ」

蘇りと再生の2つの行事を連続して体験し、そして結ぶ。

“結び”といえば、その前日の冬至の朝には、
若水(辺戸から汲んだ聖水)を持って那覇空港に入った。
那覇空港以前のかつての集落があった小禄大嶺にゆかりの
ある方々とご一緒し、そしてご案内させて頂くことに。
ゆかりの“人”“場”“時”をつなぐことこそ“結び”。

枯れた川に若水をそそぎ、
足元(県民と旅人の玄関口)から元気になりますように。

水が水道から出てきて当たり前の現代からみると、
かつて、1週間もかけて水を王府まで運んできただなんて
なかなか想像できないかもしれないけど、
それを思うと、水のありがたさ、そして時も大切で、
だから御水取り行事には、首里から時之大屋子という
時を司る人が同行したのかもしれないと思った瞬間、
僕の中の何かがふるえた。

水は、流体(龍体)で地球を循環する血液。

太陽の光は、誰にでも隔てなく明るく照らし降りそそぐ。
無限に、そして時を刻みながら。
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2007.12.22

PRAYER(いのりぴとぅ)

「どうしてもKUWAさんを紹介したいの」と、
直感でそう思ったというお店『ぽえむ』をご紹介して頂いた。
そのお店は、かつての激戦地にあった。

「あえて沖縄南部に、音楽の流れるカフェをオープン
させたのは、そこに音楽を捧げたかったから。」
と、お店オーナー。息子さんがプロのピアニストで
その地に風が吹き抜けるように、ピアノのメロディーが
ゆるやかに流れる。

また僕にご紹介してくださったかたは、
何かをきっかけにして、ふとメロディーや詩が
湧くように天から降ってくるのだという。

その内の何曲かをピアニストのかたに預けていたという作品
が譜面おこされていた。そしてその場でご披露して頂いた。

彼女たちは、いつも姉妹で歌いたくなった場所(聖地)で
歌っているのだそう。

ふだん、とても恥ずかしがり屋のふたりが
のびのびと創作曲を歌っている。

歌いたいと思った“場”や“瞬間”を
大事に歌う彼女たちやお店の姿に、
唄うことや、音楽のピュアな部分をみた。
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その気持ちに共感した僕も、ご一緒させて頂くことに。
三線とピアノで歌うと、
「天界と、古い琉球の方々が聴きに降りてこられていたわよ」
と、めずらしい来客があったのだそう。

音と言葉は祈りなのかもしれない。
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2007.12.20

黄金のこだま36

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「安須杜(アスムイ)に登るには、それなりの手順を踏んで
気持ちを整えてから」と首里のあるかたから助言を
受けた人もいて、僕もようやく今回、御水取り行事の際に
登らせて頂く機会となった。

そしてこの山が、別名・黄金山とお聞きし、
今年のはじめに、あるかたに、
「北の黄金○○へ」とメッセージを頂いていた。
てっきり、東北あたりを思っていたのだけど、
沖縄北部の黄金山に辿りつく事になろうとは!
そして、心の旅の終点はここなのだろうか。
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山頂に辿り着くと、これまでと同じく、
“ここで唄を納めたい”と思い、
まず、伊平屋・伊是名島に向かい2節。
奄美方面に向かい2節。
そして、東に向かい2節。

3回、計6節で、“みろく”。

弥勒世果報を願う古謡を歌わせて頂いた。
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御水取り行事も無事終了し、
首里のみなさんとの打ち上げの中で、
何かを成し遂げたようなあとのお酒がおいしく、
そしてそのまま首里まち研究会に入会させて頂くことに。

これは“宣言”となり、何かの“はじまり”となった。
翌朝、首里と関係の深い伊是名島からのご縁が
より深くなる出来事が、立て続けに3件も入る(!)

そのひとつは、伊是名村から、
“島オコシ関連事業の委員”としての
お誘いを受けた。
光栄であり、ただただ驚くばかり。

これから、伊是名島と首里へ通う回数が増えそうだ。
この道はどこまで…どこまでも続くのだろう。
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2007.12.18

このウタを捧げたい。島へ。

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八重山〜宮古につなげた唄を
五島の城岳にも奉納してみたいと思った。
山頂で歌い終わり、城岳の観光案内板をみて驚く。

五島家が8代目・宇久覚の時代、
当時五島最北端の宇久島から豊かな土地を目指して
五島の南の島にくだって辿り着き、そこに城郭を築いた
といわれる山だった。(1382年)

現在では、沖縄(琉球)の尚家と親戚関係である五島家。
その五島家(宇久家)の始祖(家盛)は平家ともいわれる。

さて、その後もご縁の糸は太くなりながら、
沖縄に戻った翌日は、ある場所で他の人の代役として
その唄をたくさんの人の前で歌うことになっていた。
まったく歌わなくなって2年も経つ自分が何故?

人前で歌う事とか、歌を競う事(自分自身への挑戦)より
歌を捧げたいと思った大切な場にただ届けたいだけ。
自分としては奉納のつもり。

だから本番前には、宮古にゆかりのある聖地と、
瀬長島(豊見城)から那覇空港(小禄大嶺)に向かって
2節ずつ捧げた後に会場へと向かった。

会場には、奄美ともご縁のある方々の姿も。
ここで黒潮ネットワークをつなぐことで
ようやく一段落するのだろうか。
そして、三日月を背に歌った。

歌い終わった後、ある唄者さんが声を掛けて下さった。
「あなたが歌っている時、月の光が輝きを増していたよ。
そこにかかった雲もまた幻想的だった」とお言葉を頂き、
これで歌い納まるのかなと思っていたところ、
唄はそこで終わらず辺戸のアスムイの頂上でも歌う事に。

“唄は個人のもの(所有物)では無いんだ”と気づく。
だから、歌い捧げることに終わりは無いのだろうか。
(この魂の旅はつづく)

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2007.12.13

琉球と五島。目にみえないネットワークの絆

首里城復元期成会のかたより、
16日の辺戸の御水取り行事撮影についてメールが届いた時、
五島のある集落に辿り着いた瞬間でした。

それは雑誌『島へ。』の取材先で、
そこにたまたまいらっしゃったのが沖縄出身のかた。
五島で沖縄のかたとまたまた遭遇することに!
それも、同じ三線の先生に習っていたという
新垣優子さんでした。
新垣さんは大工哲弘先生のツンダラーズなどでも知られる
歌い手さんです。初めてお会いすることができました。

2年前、五島で島興しのゴスペルコンサートを
五島で初取材した教会の下にあるお店で、
またその青年たちが新垣さんともつながっていたり。
1年前に取材レポートさせて頂いた
五島家に嫁いだ尚家出身の先代当主が
唄三線を聴いて元気になられた時のお話等々、

そして驚くことに、彼女のルーツが辺戸。
メールを送って頂いた首里在住で辺戸出身の方の2軒隣で
彼女のお父様もまた辺戸の御水取り行事の復興を待望され
ていたというお話や、第2回目の行事では歌も奉納された
とのこと。
「僕は3日後に、その御水取り行事の撮影係なんです!」
と言うと、そっと手渡していただいたのが、
「辺戸の水で作ったアンダギーよ」と、
辺戸の実家から持ち帰ってきたばかりの
サーターアンダギーの黄金色の一玉が、僕には
とっても大切なつなぎの玉に思えてなりませんでした。
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魂のネットワーク、益々強力につながり続けています!

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2007.12.11

510列島

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沖縄の島々を探訪しているうちに、
自分の足元である五島と琉球の事をもっと知りたくなり、
そして今年、週刊レキオの初代編集長のSさんに、
「五島と琉球とのことを
ルーツのあるあなたが辿ってみるべき」との助言を受け、
自分自身も年月が掛かってでもそれを辿ってゆきたいと
琉球の地で誓いを立てたのが数ヶ月前。

そしてまた動き出した!
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ふらりと訪れた島旅の道中で、
中世の五島の歴史を研究されている方々の
代表のかたとお会いすることに。

ただし、そのまとめられた文献は非売品。
それをなんと譲っていただくことになりました。
またそれと関連する本までお譲り頂きまして、
とても感激し、
そして感謝の出会いでありました。
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 旅の帰り道、
 自分の向かう先の上空に、大きな虹の柱。
 
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2007.12.06

シマを削る

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みんながよく知っている場所で美ら海水族館などにも
よく使われている琉球石灰岩にクローズアップした写真
の撮影依頼があり、先日、各地の現場へと向かった。

ところでやはり、その資源にも限りがあるという。
あと何十年もしないうちに、採石も底を尽きるのだと。
尽きる頃には島は残っているのだろうか。

お昼は、本部のカルストの山々の景観を眺めながら
手打ちの沖縄そば屋でひと休み。
昔からの琉球の姿(山)が残っている。絶景かな。
「今年3月に、国の保護地域に指定されました。」
と、お店のかた。
「実は、採石が本部カルストのほうにまで
手がのびようとしていたんです。そういう背景が
あって、この度、保護される事になりました。」
とのこと。
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帰り道は、本部の山のほうから戻ることに。
途中、「自然石庭園」という看板にひかれ、
寄り道。

そこは、もう何十年も前からある場所なのに
はじめて伺うことに。
入り口には、大きな布袋様がどっしりと構えている。
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「おじゃましますね」とご挨拶し、
入り口から丘を登りきった所にようやく人影。
ここは本部カルストの絶景を自然そのままに活かした御庭。
あらためて、その景観の見事さに感想をお伝えすると、
「この岩は、琉球石灰岩なんですよ」
こんな山のほうにまで琉球石灰岩。
「本当にサンゴの島なのだ」ということ。

そして、それを使いすぎたらどうなるのか?

マヤ・インカの文明は、
漆喰(石灰岩)を使いすぎて森を失い、
のちに雨も降らなくなり、
命をつなぐ“水”が途絶え、
結末に、文明都市を失った。

歌手として復活した島さちこさん(伊是名島出身)が、
「私たちは、サンゴの島の上に生きているのよ」という
メッセージソングを発表するとお話を伺ったばかりだった。
島さんが伝えたかった事の本当の意味が、ようやく繋がった。

島とは、
 島は誰、
  誰のもの、
   誰の所有物でもなく、
    預かりもの。
琉球は神の島々。

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2007.12.02

「約束」般若心経は愛の詩

般若心経。278文字。
あの短い言葉の中に宇宙があって、
それをたったあれだけの文字数におさめるのだから
そのぶん、難しく感じてしまう。

ダライラマもインタビューで、
高僧のお弟子さん2人でさえ、その訳しかたには違いが
でてくると語っていたほど。

でも、せっかくなら、わかりやすくありたいもの。

それって難しそうなものではあるけど、
本当は“みんなが共有していい宝もの”。

誰にでもわかりやすく理解してもらえるような
翻訳をすることができたらいいですよね。
そして、そんな仕事を目指したいです。

般若心経に関していえば、もうすでにいくつかあり、
小学館から発行された柳澤桂子さんという方が書いた本
とか、生命科学の研究者で歌人がまとめたもの
ということで、それなりにわかりやすかったり。

最近では、さらにわかりやすく解釈したものも登場。
ネットでも内容を知ることができるようなので
そちらをご紹介させて頂きますね。

http://www.youtube.com/v/jIpqcWVZUGs
(YOU TUBE『「約束」般若心経は愛の詩』より)

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2007.12.01

出雲の泉

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出雲から帰ってきた『御願ハンドブック』著者Hさん
のところへ、撮影の件でお伺いさせて頂いた際、
出雲でのエピソード話が、最高のお土産となった。
神在月の話の続きとなり、それがまた知られざる世界を
少しばかり聞かせて頂くことに。

また、出雲大社のお土産まで戴き、詳しいお話もあり、
ご一緒させて戴いた気分です。大変に感謝。

そのあと、「これから、泡瀬の若水取り関連の取材へ
行きますが、よろしければいかがですか?」
とのお誘いを受け、急きょ、沖縄市泡瀬に。
泡瀬といえば、埋め立て問題が浮上しているところ。

ところでその日は1日中雨が降っていたのに、撮影に?
「大丈夫。雨は止むから」と言ったとたん雨が止むし、
車から降りる時もピタっと雨が止む。

まずは、泡瀬ビジュルーにお参りしてから、
さて、いよいよ目的地に向ってはみたものの見つからず。
とても大事な場所が…、まさか埋め立てられた?
もしくは移動したのかもしれないけれど、
その日は断念し、日をあらためる事に。

翌日、また別の方から1本の電話。
「辺戸に若水取りがあるけど、その撮影係を
今年もやらないか?」
とのお誘いが。
しかし、今年は1人ですべてを撮影して来なければ
ならないとのこと。

また、責任重大な緊張感たっぷりのお仕事。
しかし、この流れに意味あり。
しっかりと引き受けさせて頂きます。

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