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2007.12.18

このウタを捧げたい。島へ。

071218gotou
八重山〜宮古につなげた唄を
五島の城岳にも奉納してみたいと思った。
山頂で歌い終わり、城岳の観光案内板をみて驚く。

五島家が8代目・宇久覚の時代、
当時五島最北端の宇久島から豊かな土地を目指して
五島の南の島にくだって辿り着き、そこに城郭を築いた
といわれる山だった。(1382年)

現在では、沖縄(琉球)の尚家と親戚関係である五島家。
その五島家(宇久家)の始祖(家盛)は平家ともいわれる。

さて、その後もご縁の糸は太くなりながら、
沖縄に戻った翌日は、ある場所で他の人の代役として
その唄をたくさんの人の前で歌うことになっていた。
まったく歌わなくなって2年も経つ自分が何故?

人前で歌う事とか、歌を競う事(自分自身への挑戦)より
歌を捧げたいと思った大切な場にただ届けたいだけ。
自分としては奉納のつもり。

だから本番前には、宮古にゆかりのある聖地と、
瀬長島(豊見城)から那覇空港(小禄大嶺)に向かって
2節ずつ捧げた後に会場へと向かった。

会場には、奄美ともご縁のある方々の姿も。
ここで黒潮ネットワークをつなぐことで
ようやく一段落するのだろうか。
そして、三日月を背に歌った。

歌い終わった後、ある唄者さんが声を掛けて下さった。
「あなたが歌っている時、月の光が輝きを増していたよ。
そこにかかった雲もまた幻想的だった」とお言葉を頂き、
これで歌い納まるのかなと思っていたところ、
唄はそこで終わらず辺戸のアスムイの頂上でも歌う事に。

“唄は個人のもの(所有物)では無いんだ”と気づく。
だから、歌い捧げることに終わりは無いのだろうか。
(この魂の旅はつづく)

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