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2008.10.29

琉球八社・沖宮の根元

様々な出来事がリンクし続けている。先日の話の続きで、
ちょうど、雑誌うるまの原稿(那覇大綱挽)締切日の当日、
那覇大綱挽とゆかりのある場所をフィールドワークする事に。
戦前の那覇の中心地だった昔の道を追うように歩き続けた。

その起点に、もとの沖宮(沖権現)の場所・沖之寺跡が。
沖権現は、戦争で焼失してしまったが、
宮司さんに「沖宮を復興せよ」と神託があったといい、
そして今現在、琉球八社の沖宮は奥武山に移っている。
戦前までは通堂にあったのだ。(お寺の臨海寺は曙へ)
今でもひっそりと倉庫のような場所の中に佇んでいた。
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エイサーの始祖・袋中上人も琉球神道記の中で、沖宮の事を
「熊野神と見へたり、(中略) この社じつに貴ぶべし」と
書かれている。

そして、袋中上人の桂林寺があった方面に向かう途中、
かつて那覇大綱挽(四町綱)が行われていた場所に辿りついた。
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『月刊うるま12月号』に、今回執筆した那覇大綱挽記事が
掲載されます。発売日は12月3日です。(よろしく)

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2008.10.23

かなたではなくて「みなもと」

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先日の日記の続き。
那覇大綱挽のこと、ryuQに書いて終わりではないみたい。

大綱挽のキーパーソンと出会った際に、
「話を伺いなさい」と心の声はしていたのだけど、
いよいよその機会が巡ってきた。
急きょ追加取材が実現し、雑誌にも掲載することに発展。

その人物は、大綱復活の年から関わられているかたで、
今年で、綱のトップを引退する。
「たとえ転勤になっても大綱挽の時は帰ってきなさい」
と叔父との約束を現在まで固く守り続けてきたという。

その叔父というのが、那覇大綱挽の復興に尽力を注いだ
初代の保存会会長の事だった。
その魂を受け継いでいらっしゃるのですね…。

そして、なんという御縁と巡り合わせなのでしょう。
2年前に“本来の大綱挽のことをしっかりお伝えしたい”
と誓いのような願いが、強力に結びつき、叶う。

「願い(にがい)が叶い(かない)」は、かなたではなくて
 いつもここにある。にらいかないは「みなもと」

WEBマガジン「ryuQ」の編集後記より


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2008.10.17

ほんとうのちから。那覇大綱挽の巻

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なにか“関心”を持つと、それに呼び寄せられるように
鍵となる人と巡りあったり、大きなヒントが降りてきたり、
とモノ凄い磁力で引き寄せられ続けている今日この頃です。

先日の那覇大綱挽の時もそうでした。
2年ほど前から、“ちゃんと那覇大綱挽を伝えたい”と
心に思っていると、いろいろなタイミングが重なってゆき、
そして今年、それを実行する年(結び)になりました。

まず、偶然ふらりと立ち寄った那覇市歴史博物館で
『那覇大綱挽と10・10空襲』展を急きょ取材させて頂き、
学芸員のかたに詳しくお話を伺うことができました。

写真撮影のほうも、ご縁で知り合った写真家HK先生から
お誘い頂いて、久茂地交差点にあるビルの上からの撮影が
叶いました。お陰様で絶好のアングルからの撮影を達成。

さらにはその現場に、大綱挽の復活の年から関わられて
おられる親方のご親族と巡り会い、後日親方ともお会いし
来年はさらに続きの撮影を出来そうなお計らいを頂ける
様なお話まで頂戴しました。なんという幸運なのでしょう。
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それもこれも、ただ“無心”になって取り組んでいた事。
“ご縁のある沖縄のために”“この情報が誰かのために”と
無心となって自我が消えてしまっている時に、す〜っと、
見えないチカラを頂くことがよくあります。

けれどそれは、自分個人の能力をはるかに超えたもので、
ぼく個人のものではない。
だからどんどん開放してゆきます。
すると次から次へと大回転してゆくようになるんですね。

それにはまず無心になってみることも必要なようです。

不思議な話かもしれませんが、
すべては自然な流れにまかせています。

p.s.
今日の記事は、『ほんとうの那覇大綱挽』です。
よろしければ、どうぞご一読ください。(KUWA)
http://ryuqspecial.ti-da.net/e2328349.html

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2008.10.14

メッセンジャー大城友弥

大城友弥
大城友弥君のブログにこんな応援コメントが書かれていた。
「僕が友弥くんを応援するのは、友弥くんがメッセンジャー
だと思うから。感謝を忘れた世の中をもっとハッピーに」

今の時代に、彼のメッセージのこもった歌と
心の澄んだ綺麗な歌声に、そして明るいキャラクターに、
どれだけの人が励まされているのだろう。

最新のシングルは『それゆけハッピーマン』。
まだ高校3年生の彼が、食育をテーマに歌う。

地元の校長先生から依頼を受けて、小学生たちが作詞し、
友弥君が歌う。地元PRの地元特産野菜の応援歌で、
キッズソングだ。

「自分にできること(歌)で地元に貢献できることって
本当にありがたいことだなぁって、感謝しています。」
http://ryuqspecial.ti-da.net/e2325864.html
(自分が高校の頃、感謝の言葉が素直に言えただろうか…)

僕も御縁で、セカンドシングル『きみのみかた』の
ジャケット写真をご提供させて頂いたことがある。
次回は、宮古島のクイチャーフェスティバルで
また再会することになるのだろう。

※今夜21:00から、日本テレビで
『誰も知らない泣ける歌』が放送され、
大城友弥君も出演します!
(司会:西田敏行+くりぃーむしちゅーの上田晋也、
 ゲスト:戸田恵子・速水もこみち・おぎやはぎ、他)

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2008.10.10

メッセンジャー比嘉淳子

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『御願ハンドブック』の著者として知られる比嘉淳子さんが
最新刊『沖縄 暮らしのしきたり読本(御願・行事 編)』を出版。

前作は、ふだん実践されているかた向けの[実用書]でしたが、
今作は、ヒヌカンのことをよく知らない世代から、
県内に限定せず全国のかた向けに、沖縄の御願やその心得など
根本のことについて書き綴った[基本編]だそうです。

スピリチュアルブームの今だからこそ、
そもそもの御拝の[基本]のことって何だろう? と、
比嘉淳子さんに直接いろいろと語って頂きました。

「最近では街中に監視カメラあっておかしいですよね?
昔なら、悪いことを叱る大人たちの目があったり、
“おてんとう様が見ているよ!ご先祖様が見ているよ!”
という意識の元、道徳的な善悪の判断ができたものでした。
今は、“見えなければ、悪い事でもやってしまう”から
陰でイジメがあったり、ありえなかった犯罪があったり。
怖いものを知らない人たちが増えてきたのかなと思います」

昔からの言葉で“神畏りーしぇー物習ぬ元”という黄金言葉
がなぜあるのか、その意味を説いて頂いたり。

旧暦のリズムと自然や人が一体となっていることや、
あの世とこの世、ヒヌカンのことなどまで、
くわしく、そしてそれをわかりやすくお話いただいたり。

生きた言霊集をお届けします。

第1話「原点にヒント。そして良心を育むこと」編(10/9(木)掲載)
第2話「旧暦と、あの世とこの世」編(10/10(金)掲載)
第3話「火ノ神(ヒヌカン)」編(10/11(土)掲載)

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2008.10.08

夢の続きは、それを叶えること [実践編]

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先日書いた夢日記のその晩、大城友弥君のインタビュー。
そこでプロデュースした下地暁さんとお会いした際、
「以前は大城友弥のCDジャケットの写真ありがとう。
今年のクイチャーフェスティバルの写真も撮りに来ない?」
と、2年前にクイフェスで友弥君を撮ったのが始まりだった。

「今朝夢で“宮古の祭の写真をアイランダーに出しなさい”
と告げられたんですよね」と伝えると、2人は確信した。

そういえば“アイランダーアーティスト”とも称される彼、
「それ、俺の事じゃない?」と下地暁さん。おぉっ来た!


後日、『アイランダー』にも出展している離島雑誌の編集長
にも打診してみると「クイチャーフェスティバル取材の件、
OKよろしく!」と、返答を頂いた。

“2つのアイランダー”に、宮古の祭の写真が渡る事に。
(これで、夢の通りになってきましたね)


 夢のお告げも変わっていたけど、

“夢は願うものでなく(自らが)叶えるもの”という
 実践編。そしてその記録です。

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2008.10.04

琉神マブヤーと夢の話

本日朝6:45から初放送の『琉神マブヤー』を見る為、早寝。
すると、また長編でリアルな夢を見た。

「こんど宮古島に行った際に写す祭の写真を、
『アイランダー』に出しなさい」と、夢の中で告げられた。

アイランダーって? どうやら島フェスらしいけど、
僕は行った事も無い。さらにその夢の続きは?
夢は長編なのに、断片的にしか覚えていないけど、
うちの親父と島の教会に行くシーンを覚えている。

親父から、
「この祈祷文を読みなさい」と渡された文章は、
二行ほどだったけど、難解で、そして神聖な言葉だった。
(ここで夢から醒める。朝6時頃だった)

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先日、『琉神マブヤー』を取材することになったのだけど、
またいろんなタイミングが重なって巡ってきた案件だった。
その取材前日、さらにタイミングよくHさんから電話が来た。
「それから、『琉神マブヤー』もよろしくね」って。
別件の電話であったはずなのに、ところでなんでHさんが?

「実は、エンディング曲の作詞のほか、監修のお手伝いも
していてね。ただのヒーロー戦隊ものとは違うのよ。
沖縄の教えがマブイストーンに込められたものになるのよ」
との事。あぁ、そうだったのか。(どおりでこのタイミング)

翌日、プロデューサーに。そしてロケ現場にも伺い、
監督や主役はもちろん、悪役にまでお話を伺った。
「何が悪で何が善なのか?」とまずそう答えたのは
なんと、主役のマブヤーだった。
http://ryuqspecial.ti-da.net/e2314422.html
(続きは、ryuQのインタビュー記事にて『琉神マブヤー』)

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写真詩集を出版しました。

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