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2009.10.02

かつて日本のクリスチャンは皆、隠れキリシタンだった

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かつて日本は鎖国していました。その主な原因は、
キリスト教対策の為といわれています。ポルトガルや
スペインなどはキリスト教を布教しながら、
世界で植民地の拡張を続けていました。

まったく文化も違えば、土着の信仰とも考え方が違う
キリスト教がなぜ日本で受け入れられたのでしょう?

1563年、日本最初のキリシタン大名となったのは
大村藩主でした。5つの小さな村を治めていた大村藩主は
ポルトガルとの貿易で力を付けるためキリスト教へ改宗。
純粋な信心だけでなく、戦国時代を生き抜く為の手段
として海外との貿易を選択せざるをえなかった政治的理由
も…。そしてそれを利用した西洋の貿易国の影も
見え隠れします。

数年後、18代五島藩領主もキリスト教に改宗。息子の
病気を西洋医学で治したいという想いもあったようです。

しかしその時代も長くは続きません。僅か40年程で状況
は一変。鎖国と禁教令(キリスト教を禁止)の江戸時代へ。
1606年、大村藩主がキリスト教を棄教。1626年には
22代五島藩主も「キリシタン五島入島禁制」を発令。
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江戸時代末期までの永い間、鎖国と弾圧は続きました。
鎖国が解かれることで、1865年に外国人居留地の長崎に
洋風の大きな大浦天主堂が建てられました。それは、
「邦人信徒も、もう潜伏せず堂々と信仰を表明してほしい」
という願いもあり、シンボルとして建てられました。
そしてこの教会の前に訪れたのが、代々何百年もの間、
密かに潜伏していた教徒たちでした。250年ぶりの歴史的
な「信徒発見」となったのです。つまり、何百年もの間、
日本のキリスト教徒は皆、隠れキリシタンでした。

大浦天主堂の「信徒発見」後、
各地で、信仰を表明する人々が続出。ところが
五島など各地でまだまだ厳しい弾圧は続きました…。
…わずか百数十年程前の出来事です。

今回の取材途中、奇跡の巡り合わせにより、
隠れキリシタンの神父(帳方)との出会い
があり、
これらの時代背景をはっきりと再認識させられました。

またなぜ、隠れキリシタンの信仰を今も400年近くも
守り続けているのかということについても
きちんと知ることになりました。

何百年も貫く精神と信仰心の力というものを、
見聞きさせて頂きまして、これを記事にさせて頂くこと
を許可頂きました。
どうか、真意が伝わるものになりますように
心掛けて、それをまた綴っていきたいと思います。
後日、五島関連の特集記事を公開予定です。

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コメント

日本・ユダヤ封印の古代史も読んでみて下さい。ザビエルが来日するはるか昔、キリストが生まれる前、旧約聖書の時代すでにユダヤ人が来て日本を作ったのではという話です。神道も神社も全てユダヤのものと瓜二つです。これが本当だとすれば、天皇はキリストをメシアと受け入れたのか否か、今の天皇はどうなのかわからないですね。

でも著者がユダヤ人なので全て鵜呑みにしてしまうのは危険で情報操作の可能性もあるかもしれません。

みちさん、コメントありがとうございます。

昔、大陸から日本に渡ってきた民族のルーツを
探ると面白いのかもしれませんね。

いろいろ気を付けつつ、文献を読んでいきたいと
思います。
おすすめの書があれば、またお知らせください。

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